4.変わる未来と新しい不安
『あなた、魔法が使えるの!?』
目をキラキラさせてそう言ったシュリは、外に見える木を指差した。
『例えばよ!? あの枝を切り落とすこととか……』
『あ、あの……。公女様? そいつは危険で……』
『あなた達は黙ってて! ……ねえ、できる?』
そう言って手を握ってきたシュリに、俺は圧倒されてきた。
『い、いや……。やり方がわからなくて……』
『イメージしてみればいいのよ。なんなら唱えてみればいいわ! 風よ、切り裂け、みたいな!』
いよいよ断れなくなった俺は、木に向かって風が枝を切り落とすイメージをした。声に出すのは恥ずかしく、心の中で『風よ、切り裂け』と唱えながら。
と、風のない空間に、鋭い突風が走るのを感じた。それは真っ直ぐ木に届き、枝の一本を切り落とす。それを見たシュリは、興奮したように俺を見る。
『まるで、クレアとマイタンの伝説に出てくる魔法みたいだわ!』
『伝説……?』
『そうよ! クレアとマイタンは、自然を操る魔法を使えるのだけれど、それで世界を滅ぼそうとしたディーレを封印したのよ! あなたは、クレアとマイタンの生まれ変わりなのかもしれないわね!』
『こ、公女様……。失礼を承知で申し上げますが、それはただの御伽噺では……』
『あら、そんなことはないわ!』
シュリは、誇らしげに言う。
『だって王都には、ディーレが封印された結晶が実在するのよ! 私も王都に言ったとき、お父様やお母様と一緒に見たわ!』
それからはあっという間だった。シュリは俺をこんなとこに置いておけないと、俺もシュリの馬車に乗って王都に行くことになった。
シュリは、10歳になったため王都の学校に行く途中だったという。その途中経路となっているこの村で1泊する予定だったが、こんなとこにはいられないと、すぐに旅立った。
まだ村の人達は俺を信用していなかったが、この村も管轄している領主の娘の言葉に誰も拒否はできなかった。
その後、俺はシュリの学校のとある“先生”に引き取られる事になる。俺の魔法の調査でオオカミが調べられ、通常のオオカミではなくいとわかったのもこの頃だ。クレアとマイタンの伝説に出てくるローグという化物にちなんで、ローグ・ウォルフと名付けられる。そして実はシュリも魔法が使えるとわかるのは、もう少し先の話。
その後結局俺は、その“先生”に騙されディーレを復活させてしまう。
『……そうね。あの時あなたを助けた私が馬鹿だったわ!』
巻き戻る前のシュリの言葉が、頭の中で何度も繰り返される。でももう、俺は王都に行くことはない。巻き戻ったあとの今は、俺は村の大人達に責められることもなく、ただの村の名もない子供でしかなかった。
俺はシュリと一言も話すことはなく、ここを去った。
その日の夜、父さんは早朝に集まるように通達を受けた。なんでも、今朝出たオオカミが周辺にいないか、見回りに行くという。領主の娘であるシュリに危害が出ないようにするためだ。
「何も無いと言いのだけれど」
「まあただのオオカミだ。基本的にはこちらが危害を加えなければ、襲ってくるものでもない。たまたま今朝出たオオカミは、腹でも空いていたのだろう」
心配する母さんの言葉に、父さんは軽い感じに答えた。
本当は行ってはいけない。ローグ・ウォルフは、普通のオオカミとは違うのだ。体も大きく、執拗に人間を襲ってくる。
伝えなきゃいけない。でも、どうやって?
普通のオオカミではないと言っても、父さんは絶対信じてくれない。笑われるどころか、ふざけた事を言うなと怒られるかもしれない。
そう思うと、口が開かなかった。
「まあ、朝も早いしもう寝ることにしよう。ラキ、明日はきちんと朝食を用意しているように」
「あ、えっと……。はい……」
父さんは、寝室へと消えていってしまった。
「私達も寝ましょう」
母さんも、俺とラキを寝室へと促す。寝床に入っても、俺は悪い想像をして眠れなかった。
もし、ローグ・ウォルフに遭遇したら? 父さんを含めた村の人達は皆、死んでしまうかもしれない。俺が、巻き戻る前と違ってオオカミを仕留めなかったから。俺のせいで、皆死んでしまったら……。
俺は、ハッとして起き上がった。そうか、俺が仕留めればいい。俺なら、俺の魔法なら、ローグ・ウォルフを斃すことができる。夜のうちにこっそり仕留めれば、誰も死ぬことは無い。
俺は、こっそり寝室を抜け出した。上着を羽織って、パンを一つ取る。魔法にもやはりエネルギーがいるから、一つぐらいいいだろう。そうして、外の扉に手をかけようとした、その時だった。
「何をしている!!」
父さんの声が家の中に響きわたった。
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