2.兄と弟

「兄ちゃん、大丈夫?」


「ああ、いつもごめんな」




そう言いながら、俺はパンをかじった。


固いパンだけれども、平民の俺達にとっては当たり前の食事だった。




「ここにいない方がいいんじゃないか? バレたら父さんに怒られるだろ?」


「パン隠せば大丈夫だよ! 兄ちゃん手伝ってたことにすれば! 家の中よりいいし」




ダイはそう言って、へへっと笑った。


人懐っこい笑顔は、俺と正反対で誰からも好かれた。


それに加えて気も回るから、父さんに怒られることも少なかった。


いつも父さんの顔色を伺っている母さんも、ダイの前では笑顔を見せた。


だから、ダイが死んだ時は、父さんですら泣いた。




そろそろだ。




俺は立ち上がる。


その瞬間、別の、人ではない足音が聞こえた。




「に、兄ちゃん……」




目の前に現れたのは、唸り今にも襲い掛かりそうなオオカミだった。


しかも、当時は気づかなかったが、通常のオオカミよりも大きく、目が赤い。


この事件がきっかけで問題となる予定の、ローグ・ウォルフと呼ばれる生き物だ。




「逃げよう」




俺は、ダイの手を引いて逃げようとする。


けれどもダイは、突然の事で躓きこける。


これは前回までと同じ。


俺は、ダイの顔を覆うように、ダイに被さった。


これからの事が見えないように。




(土よ 沼になれ)




瞬間、ローグ・ウォルフのいた地面が、雪と交じり合い沼のようになる。


暴れるおかげで、余計に沼は、ローグ・ウォルフの足を絡めとった。




ここで仕留めることも可能だが、ただの子供なはずの俺が仕留めるとおかしなことになる。


俺は、近くにあった薪割り用の斧を手に取り、投げた。




(風よ)




風を使って、俺は投げた斧を更に加速させ、頭にクリーンヒットさせる。


そう、今回はたまたま、俺が投げた斧がローグ・ウォルフに当たっただけ。




「ダイ、今だ!」




俺はダイを無理やり引っ張って逃げる。


家のドアが見えた、その瞬間、俺は沼にした地面を元に戻した。


俺とダイは、無事家の中に駆け込んだ。


ローグ・ウォルフがどうなったかはわからない。


けれども、確実にダイは生きている。




「どうした!?」




父さんと母さんが、何事かとこっちを見る。


ダイは安心したかのように、泣き出した。




「オオカミが……、オオカミがあ……!」


「なんだと!? オオカミがこんな所に現れたのか!?」


「ダイ……! 良かった……、無事で良かった……」




母さんが、ダイを抱きしめる。


父さんも、ダイを安心させるように頭をなでた。




「ラキ。裏の窓からオオカミの様子を見て来てくれ」


「えっ……」


「うろついてなければ、村長に報告に行ってくる。お前も付いて来い」


「……はい。わかりました」




ダイとの差に、胸が痛まないわけではない。


俺もあんなふうに泣くことができればまた違ったのかもしれない。


いや、泣いたとして、煩いと怒鳴られるだけだろう。


この時の俺は出来損ないで、可愛がってもらえるような人間では無いのだ。








俺は、居間から繋がる物置へ行き、その窓を薄く開けた。


オオカミの気配は無い。


ローグ化したオオカミは何故か人を執拗に狙うようになる。


窓を開ければ、一目散にこちらを狙ってくるはずだ。




俺はふと、巻き戻る前のこの日の事を思い出す。


あの日、ダイが躓いた後、俺はダイを助けに行くことができなかった。


自分の体より大きなオオカミが、ダイに覆い被さり、噛み付く。


血が飛び散った光景は、未だに忘れられない。


足さえも動かず、悲鳴すらあげられず、ただその光景を見る事しかできなかった。




そんな何もできない俺と、オオカミは目があった。


オオカミが次の獲物を見つけたと、俺に襲いかかる。


その瞬間、俺は魔法を発動させた。


多分、全てを切り裂くような風を起こしたのだと思う。


気付けばオオカミは、ボロボロになって倒れていた。


これが、俺が魔法を初めて使った瞬間だった。




「ラキ、どうだ」




父さんが、俺に呼びかけた。




「大丈夫。いなさそう」


「そうか」




そう言うと、父さんは出かける準備を始めた。


俺も軽く身なりを整える。


ダイは、少し気持ちが落ち着いてきたのか、泣き声も収まっていた。




「兄ちゃん……、外出て大丈夫? オオカミいない?」


「ああ。さっき確認してきた。もういなかったよ」


「兄ちゃんは、怖くないの?」




そう言われて、言葉が詰まる。


巻き戻る前、散々戦ってきて見慣れていた。


けれども、10歳の俺はなんて答えるのが正解だろうか。




「大丈夫だろう。震えてもいなかったしな」




父さんが、代わりに答えた。


俺の様子も見ていてくれていた、それに胸の奥が熱くなってしまう。




「兄ちゃん凄いね。助けてくれてありがとう」




そう言って、まだ震えながらも笑うダイ。


初めて、家族の役に立てた。


なんでそれが、まだ嬉しくなってしまうのだろう。

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