13:二人の先達②

 傭兵たちの雑踏を行くままに突き進んだレオノルドに連れて来られたのは、都市の入り口近くにあった石造りの建物。そのすぐ側の木の柵で仕切られていたスペースだった。仕切りの一部は崩れかけた廃屋の壁がそのまま利用されており、槍や剣がいくつか立てかけられている。全体を見ると、ところどころに斧が転がっている。

 そしてそこには既に若い青年が一人いて、力づくでハヤトと引きずるレオノルドを見て、顔を引きつらせている。


「ひ弱な軟弱者どもッ!よくぞオレの訓練に来た!これから三か月かけて、テメェらを立派な戦士にしてやるからな!ガハハハッ!」


 丸太のような腕を組み、ハヤトと青年の前に立つレオノルド。やや離れた位置にいてもその巨体と筋肉と、高圧的な口調と声量のせいで圧迫感が尋常ではない。


「軟弱なテメェらには、さっそく腕立て伏せ五百回をさせてェところだが……まずは頭を鍛えるお勉強の時間だッ!」


 何か物騒な言葉が聞こえた気がしないでもないが、意外にもレオノルドはまず、頭を使う訓練をするつもりのようだった。


「テメェら、一番強い武器は何だと思う。」

「一番、強い武器……。」


 哲学的な話をするようには見えないので、文字通りの問いかけだろう。

「一番強い」とは、武器の強さをどのように定義するかによる。使い勝手がいいだとか、威力があるだとか、頑丈さだとか、よく切れるかだとか。個人的な裁量によるところが大きいようにハヤトは思う。


「槍だ!離れて戦えるだろ!」


 若い青年が答える。するとレオノルドはガハガハと笑う。


「そうだな!敵と離れて戦いてェ軟弱なテメェにぴったりだ!後で腕立て伏せ二百回!」

「げえっ?!」

「返事は『はい』だ軟弱者!腕立て伏せ百回追加ァ!」

「はいッ!」


 確かに、槍は強い。カルヴィトゥーレが見せてくれた槍さばきを自分もできるようになれば、ある程度距離を取りながら一人で複数を相手取れる。ただレオノルド教官のお気に召す答えではなかったらしい。


「おい小僧ッ!テメェはなんだと思う!」


 槍、ではない。では剣……それも、よく切れる刀剣なんかどうだろうか。


刀剣サーベルだと思います!」


 ハヤトは答える。するとレオノルドはまたガハガハと笑う。


「刀剣か!じっくり考える小賢しいテメェにぴったりだ!後で腕立て伏せ二百回!」

「はいッ!」

「良い返事だ!腕立て伏せ百回追加ァ!」


 そういえば、彼は最初から腕立て伏せをさせたがっていたのだった。


「いいか軟弱者ども。槍と剣がなぜダメなのか教えてやる。」


 レオノルドは崩れかけの廃屋の壁に立てかけられていた刃も木でできている槍と剣を手に取った。


「槍は強い。それは確かだ。だが槍は長い。長いと取り回しに欠けっちまう。槍は複数で連携すれば強い武器だが、一人で振り回すだけじゃあ相手が一人だろうが複数だろうが、懐に潜り込まれっちまえば終わりだ。」


 宙を鋭く貫く槍。それを持った複数の兵士を想像する。

 横に並んだ兵士たちが、自分一人に槍先を向けている。それなら側面に回り込めるかもしれない。しかし自分一人に向けてではなく、放射状にみっちりと並んでいればどうか。潜り込む余地が無く、近づくことすら容易ではないだろう。


「剣も強い。それも確かだ。おい小僧、刀剣一本で何回切れると思う。」


 時代劇の殺陣のイメージだと、一本で何人も切り伏せている気がする。日本刀の切れ味は特別鋭いというし、西洋の剣ではずっと少ないだろう。


「……二十回?」

「三回だ!」

「三回ってことは、多くても三人としか戦えないってこと?!」

「ダハハハハッ!一切りで一人殺せんのならなァ!」


 なんということだろう。例えばこの革張りの鞘に納められた剣は、あんなに鋭そうに見えてその実、三回しか切ることができないとは。


「刃は切る度に肉や血、脂にまみれて切れ味が落ちる!まッ、そういうわけで刀剣は論外だ!長身剣ロングソード短身剣ショートソードも切る武器じゃねえ。ありゃ刃で鎧の隙間を突く、鎧の上からぶっ叩くっつう使い方をする武器だ。確実に息の根を止めるにはヤベェくらいの訓練がいる。」


 西洋剣は重厚な板金鎧に対して打撃、刺突によって対抗する構造へ進化したのだと、世界史の授業で先生が語っていた。レイピアのような刺突特化の武器が出現したのも、そういう経緯があるためらしい。

 しかし槍でも剣でもなければ、弓だろうか。しかしこの訓練場には弓が見当たらない。斧ならあちこちにあるが……。


「あっ……斧ですか!」

「その通りッ!」


 ああ、とハヤトは内心で頷く。


「いいか軟弱者ども!斧は一番強い武器だ!斧は硬てぇ木をぶった切るためのもんだから、よく切れるのは当然!この刃の曲がってるとこは、敵の盾や鎧に引っ掛けられる!先で鎧の隙間を突ける!重い刃はぶっ叩くのにも適してる!分厚い刃はそう簡単に壊れねェ!短くて振りやすいから取り回しもバツグンだ!」


 ガハガハと大笑いしながら、レオノルドは意気揚々と語った。

 しかし彼の話を聞いて、ハヤトは内心で強く同意していた。

 斧の利点は彼が語った通りだ。斧が元々は木を切る道具であるように、硬い物を何度も切るためにより鋭く、より頑丈になった。刃はコンパクトだが分厚くて重く、短い軌道で遠心力が乗りやすい。障害物が多い森の中でも使いやすいようにだろう。

 それから武器としては野蛮なイメージがある斧だが、刃の下部にある弧を描いている出っ張りは、物に引っ掛けるのに適している。敵が持っている盾に引っ掛けて落とさせたり、鎧に引っ掛けて引き倒したりと、野蛮なイメージに反してトリッキーな使い方ができる武器なのだ。


 戦うために作られた剣や槍ではなく、木を切るために作られた斧が、武器としてもこれほどの万能性を秘めていただなんて。ゲームによく出てくる「バールのようなものマスターキー」と同等……むしろそれ以上に信頼できる武器のように思えてきた。


「とはいえ、槍は離れて戦えるっつう強みがあんのは確かだ。剣がバチクソカッケーのも確かだ。どの武器にもそれぞれ良いところがあって、どれが適しているのかは人それぞれだ。オレはそれを否定しねェ。」


 レオノルドは静かに語っている。

 己の考えを持つ者は、己の考えを他者に押し付けない。ただ理解させ、受け入れさせる。そういう姿勢が彼の中にはあるのかもしれない。


「だがな、一流の戦士は武器に頼らねェもんだ。己の体、頭、技術の三つで戦う。『おきに』の武器を探す時間なんて、戦場には一瞬たりともありゃしねェ。手元の斧がぶっ壊れても、次の斧を探す時間を敵はよこしゃあしねェぞ!」


 レオノルドは唐突に足元に転がっていた木製の斧を振りかぶると、力いっぱいに空へ投げ放った。

 直後、一羽の鳥が地に落ちる。木の刃が胴体に刺さった状態で。


「一つの武器にこだわって、その良し悪しだけで実力を語るのは三流未満の軟弱者だッ!テメェらはそうなりてェかッ?!」

「なりたくありませんッ!」

「な、なりたくないッス!」

「よしッ!腕立て伏せ二百回追加だァ!始めろッ!」

「「はいッ!」」


 泥のようにぬかるんでいる土の上に、ハヤトと青年は伏せる。肘を伸ばしては曲げ、伸ばしては曲げを繰り返す。二の腕と肩の筋肉が悲鳴をあげようとも、「五百回」が終わるまで止まることは許されない。


「背中だッ!背中の筋肉も使えッ!上半身の筋肉全部を動かせッ!!」

「「はいッ!」」

「おらァ!もっと早くやらねェか!」


 ハヤトと青年の前でレオノルドも腕立て伏せを始める。その速度は二人の倍以上……回数もあっという間に抜かれてしまう。あの巨体をあの速度で動かせるほど、彼の筋肉は上質であるに違いない。

 あれだ。あの筋肉を目指すのだ。カルヴィトゥーレが「筋肉の塊」と称したレオノルドのような筋肉ダルマに、自分もなるのだ。

 加護の力に頼ることのない、強靭な戦士となるために。


「うがあああッッ!!」

「いいぞッ!小僧ッ!そのッ!調子でッ!百回ッ!追加だァ!」

「はいッ!教官ッ!」


 ハヤトの黒い瞳は爛然と輝く。

 汗と涙を大量に吹き出しながらの腕立て伏せは、日がどっぷりと落ちるまで続いた。




 その日の夜。ハヤトはレオノルドに連れられて、傭兵ギルドの近くにある酒場に来ていた。内部は傭兵と思しき男たちでごった返しており、耳を手で塞いでも聞こえるほどの喧騒で満たされていた。


「ダハハハハッ!根性あるじゃねェか小僧ッ!ダッハハハハッ!」


 木組みの杯を仰ぎながら、レオノルドはハヤトの背中をバシバシ叩く。一方でハヤトは、ほとんど力が入らない両手でナイフと木のフォークを器用に操って、レオノルドが一人一皿注文した牛肉の塊を貪っていた。

 空腹が酷い。肉を食いたい。肉を食って筋肉を育て、さらに訓練をして筋肉を育てる。そのためにはタンパク質を大量に摂取しなければ。つまり肉だ。肉を食うのだ。

 頭の中を空にして、狂ったように牛肉の塊を貪るハヤトの横で、一緒に訓練をした青年……名前はリッツと言うが、彼はハヤトとは違って完全にテーブルに伏せてしまっている。レオノルドのしごきによって体だけでなく、精神も破壊されてしまったらしい。


「おいテメェ!食わねえと明日もやっていけねェぞ!おら食えッ!」

「ガボッ!ボボッ?!」


 レオノルドが切り出したまだ大きい牛肉が口内にねじ込まれていく。ひどくえずき、今にも戻してしまいそうだが、しかしなんとか咀嚼している。


「ちょっとレオノルドのおっさん!あんま無理に食わしちゃかわいそうだろ!」

「ダハハハハッ!吐いたらオレが掃除すっから気にすんな!」

「そう言ってあんたが本当に掃除したところ、見たことないけどね!」

「ダッハハハハッ!」


 忙しなく動き回っている店員の女に物理的に尻を蹴られながら、レオノルドは杯を仰ぐ。ハヤトも牛肉を胃へ流し込むために、ぬるくて苦いだけのエールが入った杯を思いっきり仰いだ。


「やあ。今日の訓練は終わりか。」


 そんな三人組に声をかけたのは、紛れもなくカルヴィトゥーレその人だった。


「カールじゃねェか!珍しいなあ、テメェがこんな汚ねェ店に来るなんてよお!」

「その汚い店にハヤトくんを連れ込んでいるのは誰だい。」

「汚くて悪かったね!」


 レオノルドと共に、通りすがった店員に物理的に尻を蹴られたカルヴィトゥーレは、昼に会った時よりもずいぶんと身軽な格好をしていた。どうやら彼も仕事帰りのようだ。


「それで、ハヤトくんはどうだい。」

「おっとそうだッ!この小僧、なかなか根性あるぜッ!こりゃあデカい男になるな!!」

「おいおい。頼むから二人目のキミを生み出すのだけは勘弁してくれよ。」

「ダハハハッ!それは保証できねェなあ!ってそっちの意味じゃねェよ!」


 ガハガハと大笑いするレオノルドと、言葉で小突くカルヴィトゥーレ。牛肉を貪りながら二人の会話を聞いていたハヤトは、ふと疑問を抱く。


「カルヴィトゥーレさんとレオノルドさんって、仲良いんですか。」


 すると二人はしばらく向かい合ってから、揃ってガハガハと笑いはじめた。


「カールとはここに来て知り合ったが、なーんか気が合うんだよなあ!」

「レオンとは調子が合うんだ。不思議なことにね。」


 互いに愛称で呼んでいるところからしても、本当に仲が良いことは察せられる。優男と筋肉ダルマというあまりにも対照的な二人で、年齢はレオノルドの方が一回りは上のように見えるが。


「カールも肉食うか?!うんめぇぞ、これ!」

「では私もいただこうかな。レディ!この塊肉をもう一皿!それからエールを一杯!」

「はいよぉ!銅貨十八枚だよ!」


 大量の空き皿を抱えながら、店員は奥へ消えていく。


「ああ、レオン。ハヤトくんは明日からは私の所にも来るのだから、潰してしまわないように少しは加減してくれよ。」

「ああッ?そりゃあ小僧に言え!小僧が一番乗り気なんだからよお!」


 カルヴィトゥーレは「ほう。」と喉奥で唸りながら、牛肉を貪り続けるハヤトを見る。その当人は黒い瞳を爛然と輝かせながら、牛肉をエールで一気に流し込んでいる。


「頑張ります!」

「まったく。もう汚染されつつあるとは……なんとも度し難い。」

「おいおいッ、ひっでェ言い方しやがって!」


 杯を仰ぎながらガハガハと笑うレオノルド。頭を抱えながらも口角を上げているカルヴィトゥーレ。一心不乱に牛肉を貪り食らうハヤト。力尽きた青年リッツ。

 ハアースで過ごす初めての夜は、少しずつ更けていった。

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幼なじみは救国主! ~そして「オマケ」の俺はあちこちへ~ 立野枯木 @Kareki_Tachino

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