#25

 次の日、いつもの時間に目が覚め、いつものようにコーヒーを淹れて、仕事の準備をした。

 すでに十日以上は連続勤務をしているせいか、強い眠気があったが、準備を終えて家を出るころには、その眠気もどこかへいった。

 職場へ着くと、飯田さんはすでに出勤していた。

「早いですね」

 僕は言った。

「ああ、おはよう」

 飯田さんは、パソコンに向かっていたが手を止めて、振り返った。

「今日も、忙しいですかね?」

「そうだね……。今日も忙しいだろうね。頑張んないと」

 飯田さんは、「じゃあ、開店の準備してくるよ」と言って、スタッフルームを出て行った。なんだか、いつもとは違う様子だった。元気がないわけではなさそうだけど、どこか歯切れが悪かった。さすがの飯田さんも疲れが溜まっているのかもしれない。僕は、近いうちに休みをつくってあげられないかなと思い、シフト表を眺めた。

 そうこうしているうちに、開店の時間になった。

 僕はいつも通り作業をこなした。

 作業をしながら、今夜は何を食べようかと考えていた。

 最近外食が多かったから、たまには自分で作ってみようかなと思った。魚でも焼いてみようか。ちょうど秋だし。さんまなんかがいいかもしれない。

 そんなこと考えているうちに、午前中が終わりそうだった。

 最近、確かに忙しさは感じるが、仕事の時間が短く感じるようになった。

 問題なく仕事が進み、お昼のピークを終えようとしている時だった。

 カランコロンとドアが開き、ふと見ると、本社の社員、宮本さんだった。

 僕と飯田さんは、宮本さんに呼ばれ、スタッフルームへ集まった。

「お久しぶりです」

 宮本さんが言った。

「西田さん。飯田さん。長い間、ありがとうございました」宮本さんが、深く頭を下げた。「本当に、助かりました。二人のおかげで、このピンチをなんとか乗り越えることができました」

「そしたら、新しい店長が決まったということですか?」

 僕が言った。

「そういうことです。今回の件は、内容が内容だったもので、処理に時間がかかってしまいました。本来ならば、もっと早くに次期店長を決めて、人員を確保しなければいけなかったのですが、対応が遅くなり、申し訳なかったです」

「いえいえ、なんとか、なりましたので」

 僕は答えた。

 飯田さんは、何も言わず黙っていた。

「そこで、次の店長の件ですが、飯田さんの方には、もうすでにお話をしているんですが……」

「え?」

 僕は驚いて、飯田さんの方を見た。飯田さんは、前を向いたまま、目を閉じていた。

 飯田さんは知っていたのか?

 どうして言ってくれなかったのだろうか?

 そんな思いがよぎった。

 考える暇もなく、宮本さんが続けて言った。

「次の店長は、飯田さんにお願いしようと思います」

 宮本さんは、そのあとに、この決断に至った経緯や、今後の勤務について、人員の募集についてなどを話した。

 しかし、僕の耳にはどんな言葉も入っていかなかった。

「西田さん。よろしいですか?」

 宮本さんが言った。

「……あ、はい。大丈夫です」

「それでは、これからはお二人が、この店を運営していく中心となります。いや、これまでもそうだったかもしれませんね……。どうか、これからもよろしくお願いします」

 飯田さんと、宮本さんはお互い頭を下げた。

 僕は、反応が遅れてしまい、二人が頭を下げていることに気が付いて、頭を下げようとしたときには、二人が顔を上げていた。

 宮本さんが帰った後に、飯田さんが、「ごめんね。言おうと思ってたんだけど、本部から正式に発表があるまで黙っててほしい、って言われてさ」と謝罪があった。

「いや、でも、飯田さんでよかったですよ。頼まれたらどうしようかなと思っていたんで」と僕は言った。

 仕事終わりに、飯田さんに飲みに誘われたが、予定があると、嘘を言って、僕は帰ることにした。帰り道にスーパーへ寄り、ビールを三本と、缶チューハイを二本。それからおつまみになりそうな惣菜を買った。

 家に帰り、すぐにビールを飲んだ。

 僕は、今までにないくらいに混乱していた。

 別に店長になりたかったわけではない。

 出世欲など、もともとなかった。

 むしろ、店長という立場には嫌な印象しかなかったし、できればやりたくないとずっと思っていた。きっと、面倒くさいことも増えるだろう。職員の愚痴を聞かなければいけなくなるだろうし、職員に文句を言われながらも、指示をしなくてはいけなくなるかもしれない。休みたいときに休めないことも増えるだろう。多少給料が上がったとしても、それに釣り合わないほどに嫌なことが増えるに違いない。

 だけど、どうしてだろうか?

 自分ではなく、飯田さんが店長に選ばれたことが、途方もなくショックだった。

 そして、そんなことにショックを受けている自分が、あまりも恥ずかしくて、受け入れられなかった。

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走馬灯で会う日まで 佐田おさだ @sadaodasa

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