第2話 アムト出版所

 いつもの通り奥のテーブルで丸太椅子に腰かけて求人簿を一生懸命に見ていた。しばらくすると、受付のお姉さんが一枚の紙を手にこちらに歩いてきた。

 そして、紙を渡してきた。

「ちょっと、見てみなさい」

 その紙はパンフレットだった。そこには『冒険者になったらまずは自己PRを書こう』と書いてあった。

「これはうちでやっているセミナーのお知らせなんだけど、参加してみませんか」

「お金はかかるんですか?」

「いや、かからないから。そこは大丈夫です」

 どうしたものかとうんうん悩んでいると、

 お姉さんが続けて言う。

「案件を請けるにも、自分はこういう人間です。なにとぞよろしくお願いしますと言うことをアピールしなきゃいけないでしょ」

「分かりました」

「いつセミナーとやらはあるんですか?」

「もう10分したら始まっちゃうから急いでください。二階に行って!」


 セミナー会場は冒険者ギルドの2階の一室で行われるみたいだった。8人ぐらい冒険者らしき人たちがいた。大剣を帯びている者、宝石をはめこんだ杖を手にローブを着込んでいる者などなど。アカノは後ろの席にちょこんと座った。

 一番前の席では紺色のスーツを着込み丸刈りの人がホワイトボードに何やら書いている。


 ○自分の長所、短所をエピソードとともに見つけ書いていこう

 

 アカノはそれをノートに取っていく。取ったところでセミナーが始まった。


「であるからして、こうこう」

と先生の声が響き渡る。そういえば自分の長所、短所って何だろう? 短所は思い浮かぶ。コミュニケーションが苦手なことである。対面で5分も話すとそれだけで疲れきってしまう。長所は、コミュニケーションが苦手だから引きこもって本を読んでいることくらい?


 いろいろと混乱してくる。そうしている間にセミナーが終わった。周りがざわざわとしだし、一人また一人と部屋を出て行った。僕も荷物をまとめると部屋を出て、受付のお姉さんの下に行きお礼を言った。お姉さんは、

「参考になった?」

「まあ。課題になるところは見つけられました」

「じゃあ自己PR頑張って!」


次の日、書いた自己PRを受付のお姉さんに持っていく。お姉さんに自己PRを読んでもらう。

------------------------------------------------

私は何が出来るかと言われたらよく自分でもわかっていません。ただ文章を書くことは好きです。元々昔、学校でいじめられていたこともあったのですがその時にやることがなく家で本を読むクセがつきました。そしていつしか本を読むだけでなく自分でも書くようになりました。書いた記事を友だちとかに見せると回し読みされ面白いと言われます。まだ経験はありませんがその分頑張りたいと思います。なにとぞよろしくお願い致します。

------------------------------------------------


お姉さんは、一言。

「確かに仕事をしたことなければ得意も不得意も分からないもんね。正直ね」

 そして、

「一回この紙預かってもいい?」

「はい」


 何日か経ってからギルドの求人簿でうんうんとうなっていると、ギルドの受付のお姉さんから案件を渡された。


------------------------------------------------

ルートムの町を盛り上げる記事募集中。一記事500スン。

------------------------------------------------


 お姉さんが続ける。

「確かに案件に対する給金は少ないけど、記事が書けるから面白いんじゃない?」

「そうですね」

 うーんとうなる。記事を書いてみたい。書いてみたいと昔から思っていたが、少し怖い。

「夢が届きそうになると怖いですね」

 お姉さんは、眉をひそめる。少し怖い。

「どうするの?」

 こんなチャンスめったにないと思い、

「請けます!」

「分かりました」

 お姉さんが資料をいろいろとまとめ、

「じゃあここに行ってきてください」

 地図の目的地はアムト出版所と書かれていた。

「ありがとうございます。頑張ります!」

「まあ気負わなくていいから。行ってらっしゃい!」


 着いた場所は少し街の中心から離れた場所だった。場所はすぐに分かった。小さい看板が出ていた。しかし、アムト出版所の看板がだいぶさびついている。アムト出版所は小さな赤い屋根の一軒家だった。ツタが壁に張り付いている。


 ドアに付いている金具を叩く。

 

 かあ~ん かあ~ん

 かあ~ん かあ~ん


 しばらくしてドア越しに声が聞こえる。

「どちらさまですか?」

「えっと」

 しばしの沈黙。

「冒険者ギルドからの依頼で来ました。ルートムを盛り上げる記事を募集しているのですよね」

「はい。はい」

 ドアが、がちゃり、と開く。

 そこには白髪交じりのもじゃもじゃの頭にぶしょうひげを伸ばしたおじさんが突っ立っていた。まん丸い金縁のメガネを掛けている。灰色のシャツに黒い短パンを履いてラフな格好をしていた。

「こりゃまたずいぶんと若いな」

 ぽかんと立っていると、

「そんなところに立ってないで入って下さい」

 と促される。部屋に通されるとそこにはいろんな本が所狭し、と積まれていた。おじさんの机と見られる場所はもう本が高く高く積まれていた。

 おじさんが名刺を渡してくる。

「アムト出版所のアムト=ソトンと申します」

「初めましてアカノと申します」

 名刺を受け取ろうとするがどういう風な作法をすればよいのかが分からない。思わず、

「名刺を受け取るときの作法ってどうするのですか?」

 と聞いた。アムトさんは、

「もしかして仕事をするのは初めて?」

「はい」

 アムトさんは、「あちゃー」と声を出すとしばらく髪をぼりぼりとかいていたが、

「文章は書けるの?」

「趣味では書いていました」

「そっか」とつぶやくとアムトさんは「うんうん」と悩み始めた。そして、

「まずは仕事を行う前にテストライティングを行いたいんだが請けてくれます?」

「テストライティングって何ですか?」

「平たく言うと執筆試験だよ。君の文章力がみたいんだ」

 テストライティングとはいえ自分の文章を見てもらえるんだと思うとわくわくする。

「大丈夫です。お受けします」

「それでは議題はどうしようか? そうだな。どうしてウチの案件を請けてみたくなったのかにしようかな」

「頑張ります!」

「期限は二日だ。あんまり気負わずにね!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る