第10話 山口の彼女の奇妙な推理

 彼女が指で示した、まさにその場所で、三人目の遺体が見付かった。山口は、現場に向かう車の中で、妙な震えが止まらなかったそうだ。

(どうして解ったのだろう)

 ただそれだけに脳味噌を牛耳られた。彼女の予言をまともに聞いていれば、三人目の被害者を出さずに済んだかもしれない、という後悔すら覚えなかった。山口は、そう正直に語る。

 山口は、現場検証にも身が入らず、彼女に連絡できる時間になるのを、気が狂いそうになりながら待った。

 晩遅くになり、ようやく彼女に電話した。

 三人目の被害者の話をすれば、彼女はしれっと返す。

「はあ? まぐれよ。はずれれば良かった! 当たったって、結局三人目の犠牲者は出ちゃったんでしょ? 意味ないわ!」

 山口は、彼女に噛み付くように詰め寄った。

「まぐれだって? そんなはずはないだろう! どうやってあの場所を当てたのか、教えてくれよ」

「星よ」

 ケロリと告げる彼女に、山口は、泣きそうになったと、僕にこぼす。

「なあ、二人目の被害者が出ても、容疑者がまるで挙がらない状況よ。三人目の被害者が見付かる場所を、ど素人の彼女に、事件の前に当てられたわけよ。その理由が、〝星〟だぞ、星。ホシならいいのよ。さらっと当てるなら、ホシ、当ててちょーだい! って感じよ」

「なあ、星占いとか? 占星術とかのたぐいか?」

「き~ら~き~ら~ひ~か~る~の、星。一筆書きで描く、星。敵わないだろ? 敵わないのよ、マジ」

 酔った山口は、話の先を急がない。

 僕は、奇妙な話の先が聞きたくてたまらない。

 山口の、関係のない歌やら駄洒落やらを、仕方なく聞き流し、先を聞く。

 一言で言えば、本当にただの彼女の勘だったらしい。

 彼女は、山口から事件の話を聞く少し前に、ちょうど、〝五〟にまつわる信仰の話を耳にした。

 古くから人は、決まった数を、色々な理由と結び付けて、縁起がいいと好んだり、逆に不幸が起きると、忌み嫌ったりして来た。多かれ少なかれ、誰にでも好きな数があるのは、恐らく否定できない。

 そんな中でも〝五〟は、五星、五芒星と、古代から魔除けとして人々に好まれて来た数である。五つの点を一筆で結び、空に輝く星を、本来の形とはまるで異なるのに、星として描くは、多くの人の知るところである。

 彼女は、ただ閃いた。一筆書きの五芒星を。

 犯人には、きちんと何らかの根拠はある。きっとある。その日、その場所で、その人を殺す! そこまで定かなものでなくても、何処どこかに導かれるか、何処どこかに辿り着くためにか、その順路を追っているのだ、と、閃いた。

「それが、五芒星だったの」

 彼女は山口に告げた。

 始点、二点目が決まれば、三点目は、一筆書きで描くと、二方向の二点となる。五芒星なら五本の線の長さは違ってはならない。きっとそれを囲む円は、美しいまん丸であるはずだから。犯人の拘りは細かいのではないか、と、山口の彼女は閃いた。

「私の想像で作った、お話に過ぎないのよ。でもねえ、なんか……勘が働くのよ、女として。正確には解らないのだけれど……殺めかたに拘るのは、相当な理由があるからよ。無差別とか通りすがりとか、それなら、なんて言うのかなあ……きっと遺体に、どうでもいいって感じがすると思うの」

 山口の口から、彼女の話を聞かされると、確かに! と思わず相槌を打ちたくなる。

「女の人が、男性の舌を、薬の使用や、拘束することなく、噛み千切るのよ! 拘って、丁寧に……なんか不気味だけど……犯人と被害者の間は、寸前まで、雰囲気は悪くない。犯人の拘りは、順序や場所や、勿論、選ぶ相手にも必ず表れているはずよ。それにね、刑事が必死に追ってるのに、まるで掴めない犯人ってことは、案外、彼女は平然と、堂々としているわ。捕まるのをまるで恐れていない」

「彼女は言い切るのよ。だけど、俺には理解できない。連続して殺人を犯して、警察に追われてるのを恐れないって……殺人を罪だと思ってない奴だよね? それか、警察を馬鹿にしてる? でも、俺の彼女は、俺の感覚なんか無視。語り続けたわけ」

「なんて?」

「警察に追われるって現実とは、ずれた世界に彼女はいるのよ。きっと、ずれた感覚の持ち主なのじゃないかしら」

 ずれた感覚の持ち主……きっといる。 

 酔った山口は、自分の彼女の真似をしながら続ける。

「私たちの、法律がどうとか、上司が嫌な奴とか、仕事でミスしたとか、彼氏に振られたとか、今晩のおかずは何にしようとか、浮気がバレたら大変とか……上手く説明できないけど、そういう常識? 普通? まあ、私も普通かは解らないけど、犯人はきっと、自分だけの世界の中にいるのよ。だから、あなたがた、頭の固い刑事さんたちには、犯人の姿が、見、え、な、い!」

 彼女は、人差し指を立て、見、え、な、い、の四音と共に、その指を左右に振ったらしい。

 山口が真似ると、気味が悪いだけだ。

 山口は次第に、彼女の馬鹿げた作り話が、たまたま当たったのだという考えを改めた。

 だがどうやら、勘の鋭い彼女には、山口が馬鹿にしていたことすらバレていた。

 彼女は、少しの沈黙を挟んで、さらに捲くし立てたらしい。

「五芒星はね、古代からたくさんの地方で魔除けとして信じられていたのよ! 中国の五行説にも関係ある。有名な、安倍晴明あべのせいめいも、好んで使用した。そりゃあ、現実社会で、どういう風に役に立つのかと問われれば、答えは容易ではない。でも、人間は千差万別。様々な思考回路から、様々な行動をする。それは例えば、五芒星を信じてみようって発想かもしれないじゃない」

 山口は彼女に怒られる。

「あなたは、五芒星の知識もないくせに、私の話を、女は、星占いとかお話が好きなんだよな。お星さまかよ! と、馬鹿にしていたでしょう? だいたい、はなから、どこか馬鹿にしてるのよ。意見を聞かせてと言いながら、初めから濁った耳でしか、私の話を聞けない。それなら、二度と、事件の話は聞かせないで!」

 彼女は、ブチっと電話を切ったのだそうだ。

「いや~、参ったよ。俺の彼女、気がつえ~のよ。参った、参った。俺の心も読んでさ~。確かに、ちょっとよ。ほんのちょっと! 馬鹿にしてたのよね~。で、当たった訳を慌てて聞けば、お星さよ! こっちは必死に犯人追ってるの! 電話で見えないから、あ~あ、役に立たねえ~って、蔑む視線を送っていたわけよ」

 いつになくだらしなく、情けない山口である。

 かなり酔っている。でも山口は、自分が彼女に夢中であるのを、僕に晒しているのは、解っていると思う。

 僕も、ようやく剥き出しの付き合いが始まったかと、むしろ安堵の域であった。

 ただ、僕が驚いていたのは、山口から聞かされる話の中で、やたらに存在を主張する、その、山口の彼女のことだった。

(僕と感覚が似ている)

 山口の話に相槌を打ちながら、幾度もそう思わされた。

 だからこその当たり前だが、山口が惚れ込んでいるに違いないその彼女は、僕にとっても、素晴らしく魅力的な女性であった。山口の話だけで、惚れそうである。

 僕はいつしか、凛子を重ねていた。

 歯に衣着せぬ物言いで、ずばずばと遠慮なく己の意見を述べる。見えない山口の彼女は、いつの間にやら、眉を吊り上げ語る、凛子の姿となった。

(まさか、凛子ではあるまいな)

 まさか……しかし、そのまさかである事実を、僕は、いずれ知る。


                                つづく 

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