第6話 九頭龍伝説

 山口からのメールを読み終え、暫くぼーっと天井を見詰める。それからもう一度、ゆっくり、しっかりと読んだ。

 山口からのメールは、細部に渡り詳しく述べられている。それでも、解らないことだらけである。

 一人殺され、二人殺され、いまだ犯人像が見えて来ないのに、三人目の犠牲者である。一度にメールで知らせようったって、無理がある。

 殺された三人に、共通点はないのだろうか。だが、共通点があれば、メールで触れている気もする。

 共通点を探したのだ。三人共、舌を噛み千切られている。

 でも、一人はどうやら性交をしているのに、一人はしていない。だから、解決の道への光を失った。

 だが、そこだけではないはずだ。 

 なにかを見失うと、広い視野まで失い、他の事柄にも気付けなくなる場合もある。思いがけない処に、思いがけない共通点があるかもしれない。

 僕にはどうしても、無差別殺人とは思えなかった。自分の口の中に、相手の舌を入れ、それを噛み千切るのだ。やはり、なにかある。

 僕の勘は正しいのだろうか。自信は、持てなかった。

(なにか、共通点。それを見付けるには、三人目の事件についても、話を聞く必要があるな。一方的なメールでは、限界がある)

 消すのを忘れたままの、深夜のてれびの画面が目に入る。複数の頭を持つ龍が、それぞれの長い首を、別々にくねらせている。

【九頭龍伝説】《くずりゅうでんせつ》という文字が、画面に浮かぶ。

(ほう。九頭龍ねえ。頭が九つあるわけだ)

 事件とはまるで関係ないのに、つい、興味が沸く。小さくしていたテレビのボリュームを上げ、音を大きくする。


 九頭龍。九つの頭を持つ龍です。

 古くから、龍に纏わる伝説は数多くあります。龍は、神の化身とも、神の使いとも言われますが、時には、怪物としても扱われます。

 実際に龍を見た人がいるわけではありません。想像の生き物とされています。しかし、その雄々しい姿は、色々な形で人々に描かれ、祀られ、愛されて来ました。

 さて、九頭龍についても、様々な伝説があります。

 そもそも、なぜ、九つの頭をもって描かれたのか、はっきりとは解っていません。ですから、皆さんの信じたい伝説を、お信じになられるのが良いかと思います。

 今日は、その中の一つをご紹介します。

 この九頭龍も、当然、九つの頭を持っています。しかし実際には、位置上の問題ではなく、心の真ん中に位置する、五番目の頭が真髄であり、これさえ無事なら、この龍は生きられると伝えられます。

 生きられるどころか、五番目の頭だけを残せた時、この龍は、何ものより美しい力を持っていた、本来の姿となり、天に昇って行かれると言うのです。

 この龍は、地上でまことの姿を見せるのを嫌い、誤魔化すことを覚えました。自らを、まがい物だらけにしたのです。

 そのため、気付いた時には、悪い頭が四つ増え、さらに、それぞれの影の存在として、四つの頭が付いていました。

 九つの頭は、見た目にはまるで見分けられません。

 真髄の頭に、四つは誤魔化しまやかしの頭、誤魔化しまやかしの頭それぞれに付いた、四つの陰の頭。合わせて九つの頭となりました。

 龍自身には、要らない八つの頭を斬り落とすことはできません。誰かに、この九頭龍の、偽の頭四つを、斬り落としてもらうほか、ないのです。

 そのうえ、影である頭を、先に間違って斬り落とすと、もう、その影を持つ、誤魔化しまやかしの、偽の頭を斬り落とすことは、二度とできないのです。

 誤魔化しまやかしの頭を、先に斬り続けなければ、そこまで。龍は、本来の美しさを取り戻すことのできぬまま、永遠に、地上を彷徨う化け物となる。そう言われておりました。

 龍自身には、どの頭を斬り落とすかの、指示さえ与えられません。

 殆ど、ロシアンルーレット……


 テレビ番組は、まだ続いている。

 ナレーターの話を聞きながら、まるで事件と関係のないはずの九頭龍伝説が、妙に、僕の引っ掛かりとなる。

 まるで、喉に魚の小骨かなにかが、引っ掛かったようだ。

 抜ければ、「ああ、これか!」と納得するのに、現状では、なにが引っ掛かったのかすら解らない。釈然としないまま喉につかえて、居心地の悪さを生む。

(この感覚はいったいなんだろう。九頭龍伝説のなにが、引っ掛かるのだろう)

 考えたところで、皆目見当もつかない。

 気が付けば外は白々明るくなって来ていた。もう、朝が近い。

(仕事だ。少しは寝るか)

 眠気は感じないまま、ベッドに潜り、目を閉じる。

 眠りは、あんがい早く訪れたようだ。


                                   つづく

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