最終話 信じて
栄美ちゃんが動揺しながら問いかけてきた。
「だっ、大好きって、言ってくれないの……?」
「もう言い疲れた! 私が言いたいタイミングに言う。ねだらないでよ!」
私がそう言うと、栄美ちゃんの顔が徐々に青ざめていった。顔中の血の気が引いていくように。
すると栄美ちゃんが唐突に「ふふっ」と笑った。そしておもむろに杖を手放す。
「ふふふっ、あはははは。晴香が変になっちゃった。おかしいよ。だって、私を嫌いになるなんて、おかしいんだから」
栄美ちゃんは後ろを向くとフラフラと棚に歩いていく。杖無しの歩行に慣れてないのか、私の言葉が効いているのか分からないけど、足取りがおぼつかない様子だ。
とある棚に近づいてそこに置かれていたハンドガンの形のエアガンを手に取った。そして私の元に戻ってくる。
そのエアガンの銃口を私に向けながら。
「これ覚えてる? 偽物のエアガンだけど本物に似せてあるんだ。弾も……肌を貫くほどじゃない。安心して」
「……なに、するつもり?」
「晴香を元に戻してあげる。また前みたいな、私のことが大好きな晴香に戻してあげる! 今は悪い晴香になってるんだ! だからこれを使うんだよ! お仕置きしないと直らないみたいだから!」
「…………」
私は何も言わず栄美ちゃんをじっと見つめる。怖くなんてないと語るように。でも正直、怖い。本当は怖い。目元の涙は引いてくれない。
だけどもう栄美ちゃんから逃げたくない。ちゃんと向き合いたい。その一心で栄美ちゃんを見つめ続けた。
私たちはお互いに強く視線をぶつけ合う。
興奮状態なのか肩で息をする栄美ちゃん。最初は私を強く睨んでいたけれど、徐々に、徐々に眼力が弱まっていく。
すると、ふと銃口が下ろされた。
「そんな目で見ないでよ……。私だって、分かってるんだよ……っ。自分がおかしくなってることくらい。でも耐えられないっ! こっ、こうでもしないと! 晴香にまで拒絶されたら私はっ、なんでこんなに苦しんで生きてるのか、分からなくなっちゃう……っ!」
栄美ちゃんは震える右手でもう一度銃口を私に向けた。しかし栄美ちゃんはまるで、自分の方が本物の銃口を向けられているみたいに苦悶の表情を浮かべている。
「だからっ、大好きって言ってよ。お願い」
「……。栄美ちゃんはおかしいよ」
「分かってるってば。晴香の言ったことも合ってると思う。でも私は、辛くて、辛くて仕方ないんだ! こうするしかっ、自分を落ち着かせられないんだよ!」
「そこじゃなくて!」
私の声に栄美ちゃんはたじろいだ。
よし、言うぞ! ずっと言いたかったこと!
私の気持ちをぶつけるんだ!
「私、今まで何回、栄美ちゃんに大好きって言ったと思う!? 本当に大好きだから言ってて、嘘なんて吐いたつもりもない! なのになんでずっと聞いてくるの? おかしいじゃん! 私なにか疑われることしたっけ!?」
「そっ……、それは……」
「私、もう言い疲れたよ。親友のはずなのに、全然信じてくれないんだもん! なんでっ、離れるとか、思われてるのか分かんないっ!」
「い、いや、信じてないわけじゃ───」
「信じてないから、ぐすっ、こんなことしてるんでしょっ!」
感情が昂っていくのと比例して、私の瞳に際限なく涙が溢れてくる。
私はみっともなく泣いた。声も出しずらい。だけどそれでもいい。泣きながらでも栄美ちゃんに伝えたいことがある。
「わっ、私のことっ、信じてよっ! うぅっ、うっ! ぐすっ、私が栄美ちゃんのこと、嫌いになるわけないじゃん!」
涙が止まらない。前がよく見えない。ぐすぐすと泣いた。さすがにこんなに泣いちゃうのは自分でも驚きだけど、でも納得感はある。
ずっとずっと少しずつ悲しかったんだ。栄美ちゃんに大好きか聞かれるたびに、私には信用がないのかなって思っちゃって。栄美ちゃんの親友にも、支えにも、なれてないのかなって思っちゃって。
その今まで溜まっていた悲しさが涙になって目元から溢れていた。
「ごめん……。分かったよ。こんなことして悪かった」
何秒泣いたか分からないけど、しばらく泣いていたらそんな声がした。
「えっ……? ぐすっ……」
「今、拘束解くから。だから泣かないで」
見ると栄美ちゃんはいつの間にか銃を下ろし、そして申し訳なさそうな顔をしていた。さっきまでの狂気的な顔や、苦悶に満ちた顔でもない、等身大の栄美ちゃんがそこに居た。
それを見て思わず私の涙が止まった。
栄美ちゃんは棚からナイフを取って戻ってくると、私の両手に巻き付けられてある結束バンドを切る。私の身体は自由になった。
栄美ちゃんが棚にナイフを戻してくる間に、私は立ち上がる。私の方に戻ってきて、自分のやったことの罪深さを自覚しているのか、ばつが悪そうに私を見る栄美ちゃん。杖の掴み部分を握る手がソワソワしていた。
「ね、栄美ちゃん」
「……なに?」
私は両手を広げて栄美ちゃんに近づいて、そして包み込むように抱きついた。栄美ちゃんは「えっ?」と当惑するような声を出す。
さらに私は片方の手で栄美ちゃんの頭を撫でる。赤ん坊を安心させるみたいに。
「大丈夫だよ……。私は栄美ちゃんから離れたりしないから。ずっと一緒だよ。身体が離れることはあっても、心はずっと一緒だし、ずっと親友なんだからね」
「うん……」
「私、栄美ちゃんがその身体になったのは悲しかったけど、殺し屋ができないって聞いて、すごく嬉しかったんだから」
「うん……っ、うん……、ありがとう……」
頭を撫でているうちに今度は栄美ちゃんが泣き始める。それは今までのような悲しみや辛さの涙じゃなくて、とても暖かいものを感じた。
ようやく……。ようやく私は栄美ちゃんの支えになれたのかな。よかった。
私は微笑みながらハグをやめて栄美ちゃんに向き合う。栄美ちゃんも涙の跡が残る笑みを浮かべている。私とおそろいだ。
私は栄美ちゃんの頬に私の右手を添える。
「あとさ、栄美ちゃん……」
「えっ、なに?」
栄美ちゃんの顔が心做しか照れてるように見える。ふふふふ。手を置いたからキスを期待しているのかな? 私の口角がちょっとあがった。
私は右の手のひらを頬から離すと、パチンと栄美ちゃんの頬に平手打ちしてやった!
痛くするほどのものじゃないけど、でも栄美ちゃんの思考を固めさせることには成功したみたい。ポカンとして頭の上にハテナが浮かんでいる栄美ちゃんに、私は勝ち誇ったような笑顔を向ける。
「ふん。私の信頼を裏切って監禁しておいて、簡単に許すわけないじゃん。しばらく口聞かないもん!」
「そっ、そんなぁ!?」
私はわざとらしく堂々と出口の扉まで歩いていった。栄美ちゃんは「待ってよ! 謝るから! なんでもするから、許してよ!」と慌てながら、杖の音を響かせて後ろを着いてくる。
私は栄美ちゃんと一緒に、息の詰まる地下から脱出する扉をくぐった。
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