第11話 大好きだよね?
───……。私、寝ちゃってた? すごく重たい瞼を開ける。目の前に栄美ちゃんが立ってた。
頭がだるい……。何をしてたんだっけ……?
ここどこ? コンクリートの壁に囲まれた部屋。見たことある気がする。部屋の中心で椅子に座る私と、すぐ近くに栄美ちゃん。おかしい。さっきまでキッチンにいたはず。
上手く考えられない……。目を擦りたい……。
「……えっ?」
腕に力を入れたものの私の腕は何かがつっかえて動かせなかった。つっかえた部分を見る。私の手首に結束バンドが巻き付けられてあった。その結束バンドは、私の手首と椅子のパイプ部分を一緒に巻き込んであって、そしてきつく締められている。両腕ともに。
腕を上げるどころか立ち上がれもしない。ここから動けない。拘束されてる? 誰に? なんで? 何が起きたの?
「え……、栄美ちゃん? これどうなってるの?」
栄美ちゃんは何も言わず、そして何もせず、ただウキウキと口角を上げている。
嘘……。栄美ちゃんが……?
「こっ、これ、栄美ちゃんがやったの?」
「うん。片手だと大変だったよ」
「ね、眠らせた、ってこと?」
「うん。オレンジジュースの中に薬を仕込んでおいた」
「う、嘘だ……。栄美ちゃんがこんなっ、こんなひどいこと、するわけない……」
「でもこうしないと晴香はどこかに行っちゃうでしょ?」
栄美ちゃんは平然とそう言った。だんだんと頭もだるさが消えてきたけど、栄美ちゃんの考えが全く分からない……。
「だからって……、えっ? 何言ってるの? 私は離れるなんて言ってないのに。しかもそっ、そんな理由で縛ったの?」
「…………」
「こんなことする子じゃなかったでしょ? 栄美ちゃん、変になってるよ……?」
「うるさいっ!」
さっきまで若干の笑顔を浮かべていた栄美ちゃんの様子が変わった。一転して眉間に皺を寄せる。
「変じゃないから! 私は何も変じゃない! 変なのは私に変だって言う晴香の方だ!」
「えっ!? 待って、おっ、落ち着いてよ!」
「そうだよ、晴香が変なんだよ! 最近のお見舞いだって、私のこと避けてるみたいだったし! 私のこと嫌いになったんでしょ!?」
「避けてるなんて、私はただ───」
「おかしいじゃん! ねぇ! 私たち親友だよね? 両想いのはずだよね? 大好きって言ってくれたのあれ全部嘘だったの!?」
栄美ちゃんは肩を揺らしながらはぁはぁと息を荒くしていた。
怖い……。私の心の中にまた雨雲みたいな黒くて分厚い恐怖がかぶさっていくのを感じる。
「嘘じゃないよ。嘘なんて言ってない……」
「……ふっ、ふふふふ。よかった」
荒い呼吸はそのままだけど嬉しそうな笑顔に戻った栄美ちゃん。
「でもね、晴香。私はよく分かったんだよ。今はまだ親友同士だけどそうじゃなくなることもある、って。だからこうしたの」
「う、うん。そっか。その、いつまでこうするつもりなの……?」
「ずっとだよ。ずっと。私たちはこの地下室でずっと一緒。ふふふ。ちゃんとお世話してあげるからね」
冗談みたいなことを言ってるけど私には分かる。これは本気のトーンだ。
「待ってよ! 困るんだけど! 学校とかどうするの!?」
「ごめんね。晴香の親や友達とは会えなくなるけど……、でも晴香はきっと私のやってることを分かってくれるはずだよ。そう信じてる」
私は何か言いたかった。『こんなのおかしい』とか『みんなと会いたい』とか、そういう考えは浮かんでくる。
でも言えない……。ここで反論して機嫌を損ねたら私は何をされるんだろう。栄美ちゃんの後ろにある棚の、そこに置かれているナイフやエアガンが視界に入る。私は栄美ちゃんの狂気にすっかり呑まれちゃった。
「……怯えないでよ。晴香を傷つけたいわけじゃないから。安心して。私はただ晴香とずっと親友でいたいだけなんだ。晴香にとっても、私と親友なのは幸せなことでしょ?」
「それは、そうだけど……」
「だからこれは必要なことなんだよ。晴香が私を嫌いになるなんてあっちゃいけない。分かるよね? 晴香にはずっと、ずっと私を大好きでいてもらうために、こうしてるんだよ」
何言ってるか全然分かんない……。話が無理やりだ。しかも話が無理やりなことくらい栄美ちゃんが分からないはずがない。本当にどうしちゃったの?
……自分を正当化しようとしてるの?
なんのために?
そうだよ! 考えなきゃ!
怖がってる場合じゃない! 家に来る時、今度こそちゃんと向き合うって決めたじゃん!
そう思っている時、栄美ちゃんが言った。
「私ね、今日、晴香が来なかったら死ぬつもりだったんだよ」
「えっ……? どうして?」
「なんか……、来ないなら全部どうでもいいかなって思っちゃって。暗殺用の毒を飲んで死ぬって決めてた。でも、晴香は来てくれた。すごく嬉しかった」
栄美ちゃんは義足と杖をコツンコツンと鳴らしながら私に近づいて、そして杖から離した右手を私の頬に添えてきた。
「大好きだよ、晴香」
置かれた右手は頬を滑って顎に触れ、私の顎をひょいっと傾けた。そして栄美ちゃんは前かがみになる。栄美ちゃんの顔が私の顔に近づく。いつかのあの時のように。
栄美ちゃんは自分の唇を私の唇に押し当ててきた。さらに私の口内に自分の舌を侵入させ、私の舌とねばっこく絡めてくる。あの時よりも激しく。私は無抵抗でそれを受け入れた。
まるで魂ごと持っていかれるみたいなキス。絡まり方がものすごく無遠慮で容赦がない。でも栄美ちゃんの重たい愛情が脳にダイレクトに伝わってくるみたいで不思議と気持ちがいい。何も考えられなくなりそう……。
長いような短いような時間が経った頃、ぷはっと栄美ちゃんは口を離した。余裕そうに杖を握り直した栄美ちゃんと違って、私ははぁはぁと息をすることしかできない。
「……ふふっ。晴香、かわいい」
「…………」
「晴香も私のこと、大好きだよね?」
……また聞かれた。
何回聞いてくるつもりなんだろう。
考えろ。考えろ。ちゃんと向き合わなきゃ。栄美ちゃんに。しっかり話し合えば分かってくれる子なんだから。栄美ちゃんが本当は優しい子だってよく知ってるんだから。怖がってる場合じゃない。怖がってたらまた同じことだ。怖がってる場合じゃ……。
あれ? 怖い? 栄美ちゃんが? なんで?
冷静に考えたら、なんで私は栄美ちゃんに怖がってるんだ。思い起こせば、そうだ。そういうことだ。向き合ってみて分かった。
栄美ちゃんなんか、栄美ちゃんなんか───
「どうしたの? 晴香。ねぇ、私のこと大好きなんじゃないの? なんで何も言って───」
「栄美ちゃんなんか怖くない!」
私が急に大声を上げたことで栄美ちゃんは驚いたのか混乱したのか閉口した。
私は栄美ちゃんに上目遣いで睨みつける。
「えっ、どうしたの……?」
「栄美ちゃんなんか、いつも済ました顔でカッコつけてるけど、本当は不器用で泣き虫で寂しがり屋で、そのくせ人への甘え方が分かんない! いつもいつも大好きか聞いてきて、自分に自信がない子じゃん!」
「なんっ、なに言ってるの、晴香……?」
一度言い出したら止まらなくなっちゃった。自分でも今は状況を忘れて興奮状態になってるのが分かるけど、止められない。
もうきつく言わないって約束、したばっかりなのに破っちゃったけど……。
いいもん! 栄美ちゃんだって、私の信頼を利用して、騙して裏切って、薬が入ったオレンジジュースを飲ましたんだから!
好き放題言ってやる!
「栄美ちゃんは、自分の自信とか、生きる意味とか、存在意義みたいなのを、私に依存してるんでしょ? 殺し屋の人生が嫌だったから。だから私の親友って部分に、アイデンティティを重ねて、一緒にしちゃったんだ!」
「ち……違う! 違うし! 急に何!?」
「違わないもん! だからいつも大好きか聞いてくるんでしょ! 私が大好きじゃないと、自己が揺らいだみたいに思っちゃってさ! 不安だからいつも聞いてくるし、こんなこともしてくるんだよ!」
「勝手なこと言わないでよ! 意味わかんない! わっ、私は何も変じゃないんだから!」
「ふん! 自分が普通だって思わないと、自分が間違ってるみたいに思うから不安なんでしょ! 本当は自分で変なことしてるって分かってるくせに! そんなビビりな栄美ちゃんなんか、何も怖くない!」
栄美ちゃんは返す言葉が見つからないらしくただ狼狽えていた。うわ言のように「ち、違う……、そんなことない……」と呟く。
今言うんだ! 私! 言ってやるんだ!
「栄美ちゃんに大好きなんて、言わされない!」
視界が滲む。感情が昂ったせいで目にうるうると涙が溜まってきた。だけど私は、見えづらい視界の中で、栄美ちゃんを真っ直ぐに見据える。
栄美ちゃんは私を飲み込もうとするような黒い瞳をしていた。だけど私も負けじと、その瞳を睨み返した。
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