第10話 こうするしかない
栄美ちゃんの家まではよく歩いてた道なのに足取りがぎこちない。ドキドキだ。仲直りできるかな……。
大丈夫だ。きっと。……そうだ、浜藤さんとの会話を思い出そう。
私が怒鳴っちゃって栄美ちゃんとの関係が歪になった日から、私は何をやっていてもずっとテンションが上がらなかった。勉強や趣味はいつも通りに続けていたけど、正直それもあんまり身が入らない。
そんなある日の部活動中、落ち込んだ気持ちで画用紙とにらめっこしていると、隣に座っている浜藤さんがこっそりと声をかけてくれた。
「平間さん、最近どうしたの?」
「えっ?」
「ここんとこ毎日暗そうにしてるじゃん。大丈夫?」
「あぁ、うん。大丈夫。気にしないで!」
「本当に?」
私は無理をしているのを隠しきれなかったらしい。誤魔化すつもりだったけど浜藤さんは怪訝そうな顔を向ける。
「うーん……。いつも明るい平間さんが悩むことっていったら、倉崎さんのことくらいじゃないの?」
「ふえっ!?」
私はうっかり声を上げてしまって部室中の注目を集めてしまう。私はみんなに「……す、すみません」と謝った。
恥ずかしくなったのもあって小声で浜藤さんに白状する。
「うん……。栄美ちゃんとちょっとね。最近仲が悪くなっちゃって。嫌われてるとか怒られてるとかじゃないんだけど……。でも実際どうなんだろう。嫌われたのかな。分かんない……」
「ふーん……。詳しいことは知らないけど、倉崎さんのことが大好きなんだね。そんなに悩むくらいに」
「えっ?」と、意外な返答に戸惑う。
浜藤さんは私に励ますように笑いかけると、続けて心配するトーンで言った。
「その気持ちが倉崎さんに伝われば、また仲良くなれると思うんだけどね」
「そうだね……」
その会話を回想しているうちに、私の脚は私を栄美ちゃんの家まで案内してくれていた。私はいつもより強めに指を押してインターホンを鳴らす。
気持ちを倉崎さんに伝え切るんだ。私にはこうするしかない!
玄関ドアを開けて出迎えてくれた栄美ちゃんの姿は、左腕がなく、左脚は太ももから下が義足になっていて、右手には鉄製の白い杖を持っていた。
そして栄美ちゃんの表情は少々やつれてはいるものの、どこかホッとしたものに見える。私はとりあえず安心した。
「待ってたよ。来てくれたんだね。ありがとう」
「うん。もちろん来るよ」
私は栄美ちゃんの招きで家の中に入っていき、靴を脱いで栄美ちゃんの後ろを歩いた。栄美ちゃんは義足と杖を器用に使って歩く。
「ごめんね、退院祝いも持ってこないで。後で用意するから」
「いや気を遣わないでよ。晴香の負担になるし用意なんてしなくていいから。本当」
「あ……、そっか。ありがとね。……ところで親はいないの?」
「今日も任務だって。私を迎えに来た後にすぐに行ったよ。ここ入って」
栄美ちゃんに連れられたのはキッチンだった。
なんで自室じゃないんだろう?
机の上にはオレンジジュースが入ったコップが二つ置いてあった。栄美ちゃんは一つの椅子を引く。
「ここに座って。ジュースも用意してあるから」
「あっ、ありがとう。大丈夫だったのに」
「いいの。晴香はお客さんなんだから」
私はその椅子に座ると栄美ちゃんは私の隣の椅子に座った。その時に長いため息を吐いてたけど、どうしたんだろうか。色んなことがあって疲れてるのかな……。
……ん? なんで来る前にジュースを用意してたの? こういうのって普通は来たら用意するものじゃない?
「飲まないの?」
「あっ! いやその、なんというか……」あぁ、上手い返答が浮かんでこない。
「安心して。時間経ってないから。来てから用意するのだと、私の身体だと時間が掛かっちゃうから先にやっておいただけ。本当だよ。信じて」
「わ、分かった。分かったよ」
何故か慌てたようになった栄美ちゃんは、ふうっと息を吐くと落ち着いた。
よし、今話そう!
「ね。栄美ちゃん」
「……」
「あの時は急に怒っちゃってごめんね。その、私もずっと後悔してるんだよ。なんであんなこと言っちゃったんだろうって。栄美ちゃんのこと、もっと考えてあげられればよかった」
「…………」
「でも私、まだまだ栄美ちゃんと親友でいたいんだよ。いつもみたいに仲良くしたい。だからその……、栄美ちゃんがよかったら、その、私に遠慮なんてしなくていいよ。もうきつく言うなんて絶対にしない。約束する」
「………………」
栄美ちゃんが表情を動かさないで私の話をじっと聞いている。どうしよう。やっぱりあの時にもう、私は親友だと思われなくなっちゃったのかな。
緊張する。ちょっと喉が渇いてきた。私は緊張をほぐしたくて目の前のオレンジジュースを一口、……やっぱり二口飲む。
コトンとコップを置いた時、栄美ちゃんの表情がちょっとだけ、微笑んだ気がした。
「だから栄美ちゃん。私に言いたいことはなんでも言っていいからね。というか色々言って欲しいかな……。栄美ちゃんとおしゃべりしたいし」
「……あの時さ。怒られた時。私は気付いちゃったんだ」
唐突に栄美ちゃんが話し始めた。私は少し驚いた。気付いちゃった、というのは───
『でも私、怖いんだよ。気付いちゃったんだ。その……』
『…………何?』
『……なんでもない』
───あの話のことだろうか。
「気付いたって? 何を?」
「私には晴香を引き止めるための何かが無いことだよ。晴香が私から離れたいって思っても、私には止められないし、しかも晴香に離れたくないって思わせる何かを持ってない」
「えっ!? 私、離れたいなんて思ったことないよ?」
「いつか思う時が来るかもしれないじゃん……。だって私にはもう何も無くなっちゃったんだから。あの怒られた時みたいな、晴香が私を嫌になって、私は離れていく晴香を見ることしかできない夢を、今日まで何回も見たんだよ」
「そっ、そんなの夢だよ! 私は親友やめたりしないよ!」
「すごく怖くなったんだ。晴香が離れていくのを、何もできないのが」
「だから私は───っ!」
なにこれ!? 身体が重い。全身の力が抜けるみたい。上手く喋れない。すごく眠い……! 急になんで?
腕にも首にも力が入らない。私は机に顔を突っ伏しながらもなんとか顔を動かして栄美ちゃんに目をやった。
栄美ちゃんが光を吸い尽くしたような黒い瞳で微笑んでる。
「ごめん。私にはこうするしかないんだ。本当にごめん」
栄美ちゃんの微笑みは、辛さと、嬉しさが、混じっていた、歪なものに見えた。
こっ、声を出さなきゃ、声を──────
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