第2話 不器用な友情

 顔を伏せて私を上目遣いで見つめてきた栄美ちゃんは、まるで様子を伺うかのような遠慮としおらしさがあった。普段物事に動じないような栄美ちゃんがこうなるのってすごく珍しい、というかそれまで見たことない。

 両手をもじもじと弄りながら栄美ちゃんは話し出す。


「その……、あのさ、……殺し屋の家系なのは特別な秘密なんだよ。本当は教えちゃダメで。……だから、それを知ってる晴香と私ってさ……」

「なに?」

「しっ、親友……じゃない? もしかして……」


 まだ何が言いたいのか察せなかった私は「え?」と返答してしまう。すると栄美ちゃんはちょっと顔を赤くしてぷいっと横を向いた。


「あっ、違うからね! 私がそう思ってるとかじゃなくて! 人から見たらそう思われても不思議じゃないよねみたいな! 状況的にそういうことになっても不思議じゃないよねみたいな、確認! そう、確認っていうだけだから!」

「なんで慌ててるの?」

「う、うるさい!」


 正直、よく分からなかったけど……。

 答えは決まっていた。


「うーん……。確認とかは知らないけど、私は栄美ちゃんのこと大親友だと思ってるよ!」

「ふ、ふーん。いくら親友だからって、こんなこと教えるのは普通じゃないからね。晴香がわがままだから仕方なく特別に教えたんだよ。ちゃんと理解してよ」


 口調はトゲトゲしい感じだったけど、長年一緒にいる経験から、この時の栄美ちゃんはとても嬉しそうにしているのが伝わった。

 だって、ちょっとにやけてたし。

 


 栄美ちゃんの高校は地元で名高い名門校だった。親からそこに行けと言われたらしい。名門校だけど栄美ちゃんの学力なら問題無く合格できる水準だ。

 対して私は栄美ちゃんほど頭が良くない。このままじゃ離れ離れ……。だから私は栄美ちゃんに「一緒の高校に行きたいから勉強教えて!」って頼み込んだ。

 栄美ちゃんの懇切丁寧な教え方によって私は成績を徐々に上げていき、そしてなんとか合格することができたんだ。しかも奇跡的に一緒のクラス! 嬉しさのあまり栄美ちゃんに抱きついちゃった。


 高校一年での夏休み中のこと。

 朝十時くらいに栄美ちゃんが家に訪ねてきた。親に呼ばれて玄関に来てみれば、なにやら深刻そうな顔をした栄美ちゃんがいた。ぶっきらぼうなのはいつもの事だけどこの日はいつもと雰囲気が違う。

 私は家に入るか聞いたけど、すぐ終わる話だからと玄関の外で話すことになった。


「それで話って?」

「私、暗殺の任務が入ったの。これから向かう」

「ぅえぇっ!?」

「それだけ。じゃ、忙しいから」


 栄美ちゃんはさっさと家の敷地を離れて道路に出てしまった。私は呆気に取られていたものの、なんとか危ないことを辞めさせたい想いに駆られて足を動かした。

 栄美ちゃんの背に少し声量が大きい声を投げかける。


「ダメだよっ! ねぇ! 良くないよ!」

「なに?」と栄美ちゃんは振り返った。

「危ないんでしょ!? やだよ、栄美ちゃんが犯罪とか、危ないこととか! 辞められないの!?」

「うるさいな。忙しいって言ったでしょ? 人の都合くらい察せるようになりな、おバカさん」

「考え直してよぉ! 任務なんて知らないけど私、そのせいでもう遊べなくなったら嫌だよ! まだまだ栄美ちゃんと一緒にいたい!」

「……考え直せって言われても、命令だし……。しょうがないことなんだよ。……事情があるの。お子様には分からないだろうけど」

「お子様とか関係ないもん! 親友が危ないことするの、見てられないんだもん! 当たり前でしょ!」

「……だから…………っ」


 栄美ちゃんの目元にくわっと力が入った。強く睨まれているようだった。


「だからさ、感情で決まんっ……決まんないんだから、黙っててよ……っ。晴香はバカで想像、想像力ないから、平気でそう言えるん、言え……」


 すると突然、栄美ちゃんの目からポロポロと涙が溢れ出した。私は驚いちゃったけど、一番驚いたのは栄美ちゃん自身だと思う。栄美ちゃんは涙が流れていることに気づいた瞬間、ハッとして目元を雑にこすった。

 栄美ちゃんは涙を拭き取りながら唐突に逃げるように走り出してしまった。


「ちょっと、栄美ちゃん!」


 私がそう呼んでも止まろうとはしない。

 靴を履かずに飛び出したから私は裸足のまま追いかけるしかなくて、栄美ちゃんには距離を離されてとうとう見失ってしまった。

 栄美ちゃんの無事を心配して気が気じゃなかったその日の夜、チャットアプリには栄美ちゃんからのメッセージが届いた。


『朝のことは気にしないで。あと明日家に帰ってないから変な文句つけに来ないでよ』


 栄美ちゃんは生きていた。任務はまだ終わってないらしかったけど、それだけで嬉しかった。

 そして後に栄美ちゃんが無事に帰ってきたことを知ると、私はもちろんとても嬉しかったけど、それと同時に栄美ちゃんは人を殺してきたんだという、あまりにも深くて毒々しい悲しさに苛まれた。


 栄美ちゃんの様子が変になったのは、夏休みが明けてから。

 具体的には栄美ちゃんの元々ツンツンしていた話し方がどんどん乱暴になっていって、そして私に目に見えて固執するようになっていった。まるで束縛しているみたいに。

 多分だけど栄美ちゃんが変わったきっかけは殺しの経験からなんじゃないかなって思う。だって栄美ちゃんはいい子だから、心が追い詰められててもおかしくない。



 今思えば、もっとよく考えるべきところはいっぱいあった。

 どうして『私のおかげで助かったよね』とか、友情や恩を測るような言い方をしていたのか。

 どうして中学生の時、特別な秘密のはずの殺し屋の顔を教えてくれたのか。

 どうしてあの日、任務が入ったことを一言伝えるためだけに私の家に来たのか……。

 ちゃんと考えていればにはならなかったかもしれない。ちゃんと考えて、栄美ちゃんと向き合っていれば……。

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