第3話 暴走と嫌気

 当たりが強くなって束縛も激しくなった栄美ちゃんに、私はちょっとずつちょっとずつ嫌気が差してきた。

 最初の方はまだ良かった。なんだかちょっと強めかなって感じる程度の頃は。でもだんだんと言葉が強くなっていって、私は耐えるのも辛くなってきた。

 例えば休日に私の家で一緒に課題をしている時のこと。私が数学の分からないところを聞いた時。


「まだこんなところも理解できないわけ?」

「あ、うん。そうなの」

「あのねぇ、私は晴香のおんぶ係じゃないの。そのために勉強してるんじゃないんだよ? それなのに晴香のバカさに相手する私の身にもなってよ。勉強しながら暗殺の依頼もこなさなきゃいけないのに、晴香のお守りまでしなきゃなんないの?」

「ごめん、ごめんね? 自分で考えるよ」

「いいから。教えてあげる。どうせ晴香じゃ考えてたら日が暮れるだろうし。本当に私が居ないとダメなんだから」

「う、うん……」

「晴香もそう思うでしょ? アホな晴香には私が必要だよね」

「えっ!? も、もちろん。栄美ちゃんと勉強しててよかったよ」

「全く。晴香、もし私がいなかったら本当に危ないよ。私くらいなんだからね、こんなに優しいのって。じゃあ早く分からないところ見せて」


 こんな風にトゲが増したばかりではなく、さらに私に話しかけてくる頻度が増したのだ。元々あんまり栄美ちゃんから話しかけてくることは少なかったのに、やたらと向こうから話しかけられることが増えた。

 それ自体は喜ばしいことなんだけど……、というか栄美ちゃんが普通だったら飛び跳ねるくらい嬉しいんだけど、でも話しかけてきたかと思えば私を非難して責め立てるようなキツい話し方をしてくる。

 それに栄美ちゃんがグイグイくるもんだから栄美ちゃん以外の友達と話す機会が減って、なんだかクラスで浮いてるみたいになった。そのことを栄美ちゃんは気にする素振りも無いし……。


 私は美術部に入って、栄美ちゃんはいわゆる帰宅部になった。任務のためには運動部とかに入って怪我するのもまずいらしい。

 でも栄美ちゃんはある日から、私の部活が終わるまで下駄箱の辺りで待つようになった。最初に見た時は驚いて……ちょっと嫌だった。だって部活動と下校の時は、栄美ちゃんの言葉から逃げられる休息の時だったんだから。


「えっ、なんで居るの?」

「は? なにその反応。親友だって思ってるんでしょ? じゃあ一緒に帰るのも当たり前じゃん」

「あっうん。そうだけど……えっ、栄美ちゃん、部活終わるまで待ってたの? 一時間半くらいここで?」

「待ってたとかじゃないし。勝手な推測しないで」

「……そう、そっか。用事とかあったの?」

「うるさいな! 早く帰るよ。晴香のくだらない話に付き合ってあげるから。晴香も嬉しいよね? 私が晴香なんて相手してあげるのは」

「あ、う、うん。嬉しいよ……」


 私たちの会話の形態も変わってきた。栄美ちゃんが一方的に話すことが多くなってきた。それも強い言葉を交えながら。

 私はそれに心の中で苛立ったり怒ったことは無かった。本当に無かった。栄美ちゃんが殺し屋の任務とかでストレスが溜まってるのはなんとなく伝わってきたし、何より栄美ちゃんが本当はいい子なのは分かってたから。きっと今だけおかしいんだと受け入れられた。

 でも……正直、心が疲れちゃった。



 転機があったのはそれから二週間くらいした後だった。夏の残暑もすっかり過ぎ去り、木の枝に付いた葉はガラリと雰囲気を変えて、冷たい風に煽られて散っていく。

 いつものように栄美ちゃんが待つ下駄箱に来た時だった。「遅い」「ごめん、ごめんって」と会話をして私が上履きを脱ぎかけた時、後ろから声をかけられた。

 同じ美術部員で、かつ同じクラスメイトの浜藤はまふじさんだった。「ちょっと待って!」とタッタッタと廊下を歩いてくる。


「あっ、良かった! 平間ひらまさん。ごめん、絵の整理手伝ってくれない? 私と松井先輩が頼まれたんだけど二人じゃ荷が重くて」

「そうなの?」

「すぐ終わるから! お願い! 毎日寝る前に平間さんの方角に感謝の祈りを捧げるから、お願い!」

「あはは、適当なこと言っちゃって。分かったよ」

「ありがとー!」


 と、今度は栄美ちゃんに話を戻した。


「ごめん、そういうことだから先に帰ってて。私のために待たせるのも悪いし」

「……うん」


 この時、栄美ちゃんが私に合わせた瞳に、ドロドロで深海のように暗い負の感情があったのを一瞬だけ感じた。でも栄美ちゃんは素直に帰宅したから杞憂だったのかなと考えてた。

 十五分くらいかかって部室内の整理が終わる。松井先輩は挨拶をして先に帰ったけど、私は浜藤さんに呼び止められた。


「どうしたの? 話って」

平間ひらまさんさ、倉崎くらさきさんのことどう思ってる?」

「栄美ちゃん? もちろん親友だよ。幼馴染でいつもお世話になってるんだよ」

「本当に? ……平間さんがクラスで倉崎さんに色々言われてるのを見てて、なんだか平間さんも辛そうな顔してたから気になったのよ」

「ま、まぁ元々ああいう子だからね。でも優しい子なんだよ、本当は」

「いや、私はちょっと距離を離した方がいいと思うね」


 キッパリと言った浜藤さんに私は驚いた。浜崎さんは続ける。


「だってクラスで倉崎さんと話してる時の平間さん、部活やってる時と全然違うし。部活では楽しそうにしてるのにさ」

「そっ、そんなこと……」


 と否定したかったが心当たりしかなかった。


「思うんだけど倉崎さんって一学期の時となんか違くない? 何があったのか分かんないけど、少なくとも落ち着くまでは距離置きなよ」

「そう言われても……。どうだろう、難しいかも……」

「平間さん、これはあんたのためでもあるし、倉崎さんのためでもあるんだよ。このままだと二人ともに良くないからさ」

「でも……。言ってどうなるんだろって思っちゃって。もしかしたら友達じゃなくなるかもって思っちゃう」

「いやいや親友なんでしょ? だったら思ってることは言わなきゃ! ずっと仲良しでいるためにだよ」


 浜藤さんは熱がこもった声でそう言った。私はその言葉に胸を打たれ、「うん。確かにね」と頷いた。


「とりあえず今日は私と一緒に帰ろーよ。倉崎さんの代わりだと思ってさ。それに、倉崎さんのことの相談なら乗るし」

「あははは。ありがと。でも代わりなんて思わないからね」


 私と浜藤さんは肩を並べて校門をくぐった。

 学校のこととか当たり障りのない会話をしながら道を歩く。浜藤さんは流行してる男性アイドルグループのファンだそうで、その話をされても正直私は疎かったんだけど、普通の友達らしい会話ができたことが嬉しかった。頬も緩んでいたと思う。

 ……多分、最近の栄美ちゃんと一緒に帰ってる時よりも笑顔だった。


 それで転機っていうのはこの後……。話している最中コンビニを通りかかったら声をかけられたんだ。

 栄美ちゃんだ。それもなんか雰囲気が怖い。

 私は思わず浜藤さんの方に寄りかかってしまった。

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