第155話 村とカブ
一馬とデニちゃんがエアライダーを降り立ったのは、すっかり寂れてしまった名もない小さな村だった。かつては賑やかだったのかもしれないが、今では朽ちかけた家屋や雑草に覆われた道がその静けさを物語っている。村を歩く二人の足音が、廃れた景色の中で唯一の音を立てていた。
村の中央に差し掛かったとき、「おーい、ちょっと手伝ってくれないか」と、どこからか声がかかった。声の主は、年老いた男性で、畑の中で一人せっせと作業をしていた。一馬は一瞬戸惑ったが、その声の切実さに何かを感じ取り、デニちゃんと目を合わせた後、渋々ながらも畑へと足を運んだ。
男性が収穫していたのは、見たこともないほど大きなカブだった。そのカブは土から顔を覗かせ、白い肌が陽に照らされて淡く光っている。一馬はそのカブを引き抜く作業に取りかかったが、思っていた以上に土は固く、根がしっかりと張り巡らされていた。
「もうこの村に若者はいなくなったんだ、皆、大きな町に取られてしまったよ。最初は出稼ぎだったが、都会の魅力に取りつかれてね……」と、男性は寂しそうに語った。彼の顔には、深い皺が刻まれており、その目には遠い昔を懐かしむような憂いが滲んでいた。
一馬はその話を聞きながら、この村の現状がただ貧しさゆえのものであることを痛感した。ここでは誰かが悪政を敷いているわけでもなく、ただ単に生活が厳しいからこそ、若者たちは都会へと出て行かざるを得なかったのだ。そして、その結果、この村には年老いた者たちだけが取り残され、やがては消えゆく運命にある。
しかし、そんな村にも、一馬は一抹の美しさを感じた。それは、過去に流れた時の痕跡と、いずれ訪れるであろう終焉への静かな受け入れが織り成す、独特の美しさだった。この村は、もう二度と賑やかさを取り戻すことはないかもしれないが、だからこそ、その寂しさの中に、何か尊いものが宿っているように感じられたのだ。
一馬はその思いを胸に抱き、デニちゃんとともに、この村を立ち直らせる決意を固めた。このまま朽ち果てさせるのではなく、もう一度命を吹き込み、少しでも長く存続させたいと、心の底から願ったのである。彼の視線の先には、まだ収穫されていないカブがあった。それは、この村の再生の象徴のようにも思え、一馬は静かにそのカブに手をかけた。
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