第二章、ヴォルムザックの秘宝

第150話 デニちゃん

一馬の怒りは、その冷静さの裏にある激しい感情として、魔導士たちに対して沸き上がった。彼は彼らの言葉に耳を傾けるたびに、胸の内に積もっていた怒りがますます募っていくのを感じた。彼が平和な日常を取り戻したばかりの生活を、一瞬で無残に奪い去ったこの連中に、どうしても容赦する気にはなれなかったのだ。


「魔王を倒してほしいのです…」魔導士たちは震えながらも、その言葉を口にした。しかし、その願いを聞いた瞬間、一馬の顔は冷たい無表情に変わり、彼の中に眠っていた怒りの炎が再び燃え上がった。彼は短く言い放った。


「嫌です。今すぐに元の世界に戻してください。」


魔導士たちは困惑し、必死に説得しようとするが、一馬の心はすでに決まっていた。「理由はない」と一言だけ言い放ち、彼らの問いかけを拒絶した。その断固たる態度に、魔導士たちはたじろぎ、声を震わせながらさらに懇願する。


「ゆ、勇者様、どうしてそんなことを言うのですか?」


しかし、その懇願が一馬の耳に届くことはなかった。彼の心には、彼らの言葉に対する共感も理解もなく、ただ怒りだけが募っていく。


「お好きなものを3つプレゼントしたいと思います」と言われたとき、彼の怒りは頂点に達した。彼はもう限界だった。声を抑えることができず、怒りを爆発させた。


「いらねぇよ! なぁ魔導士さんたち、人が幸せをかみしめているときにそれをぶち壊されたらどれほど腹立たしいかわかるかな?」


その言葉が鋭く響くと、魔導士たちは恐怖に駆られ、震え始めた。「もしかして怒っていらっしゃいますか?」と尋ねるその声は、恐怖に染まっていた。一馬はその問いに答えることなく、さらに怒りを募らせた。


「もしかしなくても怒ってるんだよ。今すぐにおたくらにとっての魔王を演じてやりたくなるくらいにはなぁ!」


その一言が魔導士たちの心に突き刺さり、彼らは恐怖に顔を歪めた。「ひ、ひぃっ、許してください。魔王にならないでください!」と叫び声を上げた。その光景に一馬は一瞬の無力感と虚しさを感じ、深いため息をついた。


彼の目の前に立っているのは、魔王軍の残党よりも知性も理性も欠けた者たちであると確信した。そして、彼の怒りは次第に冷めていき、無関心へと変わっていった。


「もう俺に構わないで、勝手に生きてくから、勇者なら他をあたってくれ」と冷たく言い放ち、一馬はその場を去ろうとした。


その時、後ろから小さな足音が聞こえた。振り返ると、そこには一匹の鶏がいた。その鶏を見た瞬間、一馬はその正体を理解した。


「よろしくな、鶏」と一馬が軽く挨拶すると、鶏は誇らしげに言い返した。「鶏ではない、クレストン・ナイトメア・デス・サンダーズのコッコ・デニーロだ。皆からはデニちゃんの愛称で親しまれている。貴様も愛をこめてデニちゃんと呼ぶがいい。」


その言葉に、一馬は自然と笑みを浮かべ、「はいよ、よろしくな、デニちゃん」と応えた。そして、彼はデニちゃんを優しく抱き上げ、その小さな体をしっかりと抱えた。


「なぁデニちゃん、どこか行きたいところある?」と尋ねると、デニちゃんはのんびりと答えた。「そうだなぁ、どこかのどかな場所で伸びている牧草を食べたいと思っている。」


その言葉に、一馬は決意を新たにし、「そっか、それじゃあちょっと、走るね」と言って、地下施設を駆け上がり、デニちゃんを抱えたまま地上へと飛び出した。


彼の心の中には、怒りと決意が渦巻いていたが、それ以上に今後の新しい生活への期待と不安が交錯していた。どこへ向かうべきか、何をすべきかはまだわからない。しかし、デニちゃんとともに歩むその道は、これまでのものとは全く異なるものになるだろう。

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