第148話 監視

一馬は、かつて敵であった魔族たちが住まう土地へとこっそりと足を運んでいた。その場所は、彼が戦後の混乱の中で貸し与えた農地や牧場だった。そこには、かつての戦場で刃を交えた者たちが、今は土を耕し、家畜を育てる姿があった。彼は彼らに農業や畜産の指導をするために通った。それは一見すると善意に満ちた行為のように見えるが、その裏には別の意図も含まれていた。


一馬が魔族たちのもとへ通うのは、彼らの新しい生活を支えるためでもあったが、同時にその動向を監視するためでもあった。かつての敵が、再び牙を剥くことがないように、彼はその目で確かめる必要があったのだ。とはいえ、一馬の心の中では複雑な感情が渦巻いていた。戦いの中で刃を交えた者たちが、今は同じ土地の恵みを享受し、新しい生活を築こうとしている姿を見るとき、彼は何とも言えない感慨に包まれるのだった。


彼らに農業や畜産を教えることは、一馬にとっても学びの時間だった。土の匂い、風の音、季節の移ろい――それらが、かつて戦場で耳にした剣の音や叫び声とはまるで異なるものであることに気づかされる。一馬は、魔族たちに作物の育て方や家畜の飼育方法を丁寧に教えることで、自らの手で命を育む喜びを再発見していた。


しかし、彼の心の奥底には常に警戒心が宿っていた。魔族たちが再び戦を望むことがないように、一馬はその目を光らせ、彼らの動向を注意深く見守った。彼の行為は、単なる善意だけでなく、再びこの世界に刃を向けられることを防ぐための予防策でもあった。もしも再び彼らが戦を選ぶならば、その時には迷うことなく彼らを討つ覚悟があった。


そうした複雑な思いを胸に、一馬は今日も魔族たちの土地を訪れる。彼は彼らに寄り添い、共に汗を流しながら、その裏で彼らの心の中に潜むかもしれない闇を見つめ続けていた。善意と監視、その二つが交錯する彼の行動は、彼自身の中で葛藤を生んでいたが、それでも一馬はその道を選び続けた。それが、彼にとって戦いを終えた後の、唯一の生き方だったのだ。

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