第147話 終わったけど終わってないもの

一馬は静かな日常を楽しむ一方で、時折、外の世界へと足を運んでいた。それは、戦争の爪痕に苦しむ人々に寄り添うためだった。戦後の平穏の中にあっても、心の傷は容易には癒えず、日々の暮らしに戻ることすらままならない者たちが多くいた。そんな彼らに、一馬は自らの経験をもとに、静かに寄り添った。


戦場での恐怖や喪失感、仲間を失った悲しみ、そして自らの手で命を奪った重圧――そうしたものが、人々の心に深く刻み込まれ、彼らを苦しめていた。夜になれば、悪夢が彼らを襲い、日中の平穏も一瞬のうちに崩れ去ることがあった。そんなとき、一馬は彼らの話に耳を傾け、言葉を選んで、心の痛みを少しでも和らげようと努めた。


彼自身もまた、戦いの記憶に苛まれることがあった。しかし、一馬はこうして精神的に日常へと戻って来られた自分が、実はかなり図太い人間であることを痛感するのだった。彼の心には戦いの痕跡が残っていたが、それは他の者たちほど深い傷にはなっていなかった。彼がこうして静かな生活を送れるのは、何かを超越した鈍感さとも言うべき図太さが、自分には備わっているからなのだと気づいた。


この図太さが、一馬を戦場で生き延びさせた。そして今、彼を日常へと戻し、戦後の混乱の中で他者を助ける力となっていた。しかし、それは決して誇れるものではなく、ただ自分がそうであるという事実を受け入れるしかなかった。一馬は、自分の強さが他者とは異なる形で現れていることを認識しつつ、戦争で傷ついた人々を見つめ続けた。


こうした日々を送る中で、一馬は戦争の記憶が癒えぬ人々を目の当たりにするたび、彼らの痛みを少しでも軽減するために、静かに、しかし確かに手を差し伸べることを続けた。その行為が、彼自身の心をも癒していることに気づきながら。彼はただ、人々の心にそっと寄り添い、その苦しみを共に背負おうとしていた。

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