第145話 勝者の責務

勝利者には責任が伴う、それが一馬の信念であった。彼は勝利の喜びをかみしめる間もなく、広大な戦場に目を向けた。魔王軍の残党、5万人もの敗残兵たちが、打ちひしがれたまま戦場に立ち尽くしていた。その姿は、かつての凶暴さや威圧感とは程遠い、まるで魂を失ったかのような無力な者たちの集団だった。


「彼らをこのまま放置すれば、再び牙を剥くかもしれない。しかし、ただ無情に殺すことが正義なのだろうか?」一馬は葛藤していた。戦場では冷徹さが求められる。しかし、今ここで彼らを皆殺しにすることが、真の勝利者としての振る舞いなのかと疑問を抱かずにはいられなかった。


その思考の末に、一馬は決断を下した。彼はカラハリス王国の土地を彼らに与えることを決めた。かつて自身が農地や牧場として開拓していた広大な地を、今や家も帰る場所も失った魔王軍の兵士たちに貸し与えることで、新たな生活を始めさせることにしたのである。


この決断は、多くの者たちから非難を浴びた。敵に対して寛容すぎる、再び刃を向けられる可能性が高まるだけだと。そんな意見が一部の連合軍の将兵や民衆から噴出した。一方で、一馬の寛大な措置を称賛する者もいた。彼の行動は、単なる戦争の終結以上に、この世界に新たな秩序と平和をもたらす希望となるかもしれないと。


一馬はその声のどちらにも応えることなく、ただ静かにこう思った。「もし彼らが再びこの世界に刃を向けるのなら、その時こそ、全てを終わらせればいい。」その言葉には、冷徹さだけでなく、どこか哀しみを帯びた響きがあった。彼は戦士として、そして一人の人間として、力だけでなく慈悲の心をも併せ持つべきだと信じていた。しかし同時に、彼の内には決して揺るがない覚悟もあった。


魔王軍に土地を与え、新たな生を始めさせること。それは一見すると無謀な行為であり、また甘さと見なされることもあるかもしれない。しかし一馬は、その行動にこそ自らの信念を刻み込んだ。彼は知っていた。真に恐るべきは敵の刃ではなく、敵を恐れる心であり、その心が再び戦乱を招くのだと。


一馬が彼らに与えたのはただの土地ではなく、平和への道であった。敵も味方も、その平和の中で共存することができるならば、それこそが真の勝利であり、彼の果たすべき責任であると信じたのだ。


そして彼は静かに、しかし確かに心の中で誓った。「次に刃を向けられたその時は、迷わずに終わらせる。それが最後の責任だ。」彼の眼差しは、遥か未来を見据え、その先にあるべき平和と秩序を強く願っていた。

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