第144話 残滓

一馬がエアライダーの上から戦場を見渡すと、先ほどまで激戦を繰り広げていたはずの十河一存の軍勢は、まるで幻だったかのように跡形もなく消え去っていた。その瞬間、一抹の寂しさが一馬の胸をよぎる。「挨拶くらいさせろよ…」と小さく呟きながら、彼は静かにエアライダーから地上へと降り立った。


足元に広がる戦場は、かつての激戦の名残が色濃く残っている。倒れた兵士たち、崩れた大地、そして漂う血の匂い。勝利の代償が重いことを、一馬は改めて実感する。しかし、それ以上に心を重くするのは、自分たちを救ってくれたはずの者たちが、何の言葉も交わさぬまま消えてしまったという事実だった。


その時、視線の先にアルヴィスの姿が見えた。彼は地面に膝をつき、身体中に負った傷から血が滲んでいる。その姿を見て、一馬は急いで駆け寄った。アルヴィスは、無理に微笑みを浮かべようとしながら一馬を見上げ、「父上…文字通り、死ぬ気で…生きながらえました…」と、かすれた声で言った。


その言葉に含まれた深い思いを感じた一馬は、一瞬言葉を失う。しかし、その静寂を破るように、衛生兵が近づき、「殿下、喋らないでください!」と強くたしなめた。その声には、殿下の命を守りたいという強い意志が滲んでいた。


一馬は目を細め、再び戦場を見渡した。ラグナールが近くで座り込んでいた。彼の足は疲労骨折しており、その表情には苦痛が浮かんでいたが、彼は何とかして立ち上がろうとしていた。一馬はそっと彼の肩に手を置き、無理をしないようにと静かに諭した。


空を見上げると、女神アウラリアもすでに姿を消していた。その代わりに、厚い雲の合間から日差しが一筋差し込んでいた。まるで、勝利を祝福するかのように柔らかな光が戦場を照らし、そこにいる全ての者たちを優しく包み込んでいた。


そして、一馬の目に映ったのは、膨大な数の魔王軍兵士たちの姿だった。かつての恐怖と狂気に満ちた戦意は、今や見る影もなく、彼らはまるで迷子になったかのように戦場を彷徨っていた。勝利の女神が彼らを見放したことを理解した魔王軍の兵士たちは、その巨大な軍勢にもかかわらず、戦う意志を完全に失っていたのだった。


勝利は手に入れた。しかし、その代償と残された者たちの心の傷は、決して小さくはなかった。静かに、しかし確かに、戦場には新たな時代の息吹が感じられた。その光景を目にしながら、一馬は深く息をつき、未来への決意を新たにした。

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