第142話 死の華

戦場が混沌とする中、連合軍の兵士たちは突然現れた時代錯誤な武者鎧をまとった軍勢に困惑していた。「どこの国の軍だ?」という疑問の声が飛び交うが、戦場はそんな疑問を抱く時間すら許さなかった。アルヴィス皇太子の怒号が戦場に響き渡る。「知ったことか、勝手に加勢しろぉお!」その怒りの声で連合軍の兵士たちは我に返り、戦いに集中することができた。


その間にも、十河一存を名乗る軍勢は連合軍の数的優位を生かし、魔王軍の側面に回り込む作戦を遂行していた。それを察知したオークやトロルが防御に回るが、トロルがハンマーを振り下ろすと、数名の十河一存軍の兵士が吹き飛ばされる。甲冑が吹き飛ばされる光景に、一瞬、凍りつくかと思われた。しかし、驚くべきことに、吹き飛ばされた兵士たちは間を置かずに立ち上がった。打撃を受けた箇所から血が出ているわけではなかったが、その部分は薄くなり、煙のようなものが上がっていた。


魔王軍は瞬時に悟った。十河一存軍は人間ではなく、ゴーストの集団だと。しかし、ゴーストであっても物理的なダメージは通ることが判明するが、その手ごたえを感じたのもつかの間、超精密な弓の射撃がトロルの目を正確に射抜いたのだ。次々とトロルやオークたちの顔面に矢が飛び込み、彼らは急所を狙われることに恐怖を覚え、顔を武器で覆い隠そうとする。しかし、それこそが十河一存軍の狙いだった。


その隙に、鎧武者たちは槍を携えてトロルたちの心臓を突き刺していく。トロルやオークたちは片手で顔を覆いながらも、ハンマーを振るって応戦しようとするが、十河一存軍の兵士たちは恐れず、懐に飛び込んでいく。


この状況を後方から観察していた魔王軍のゾボネルス・グリッカード・ライオネルは、戦慄を覚えた。「ありえん、あの軍隊は魂の消滅が怖くないのか!?」と。彼の見立てによれば、十河一存の軍は神通力で形成された魂の存在であり、魂の3割が破損すれば永久に消滅してしまう危険性がある。しかし、彼らはその恐怖を全く感じていないように見えた。

つまり消滅である。もうそうなったら何にもなれないのだ。草木に魂を宿すことも、地に帰ることも。


ゾボネルスは次第に理解した。この十河一存の軍は、連合軍とは異なる存在であり、圧倒的な戦闘経験を持っていることを。彼らはこの異世界まで魔王を追い詰めた勇者たちよりもさらに冷静で、戦いに慣れすぎている。ゾボネルスは自らの死を覚悟した。


そして彼は呟いた。「化け物め」人間を「化け物」と呼んだことのない彼が、初めてその言葉を口にした。


その頃、オーク族の戦士が十河一存の一人の兵士の首を斧で叩き切ったが、十河一存の軍は全く動揺を見せなかった。ゾボネルスは戦場の指揮を取ると、トロルやオーク族の身体強化を解き、正気に戻した彼らを後退させ、弓兵と魔法部隊を前に出して遠距離から攻撃を開始した。

ファイヤーボルトが十河一存軍を焼く、しかし十河一存は焼かれながらも前進してきた。

彼らの弓が魔王軍の弓兵と魔法部隊に突き刺さる。

ゾボルネスは思わず「美しい」とため息を漏らした。

十河一存の軍に真の戦士を見出したからだ。

彼は自分の感動のあまり自分の槍を手に取って十河一存軍に突撃した。

魔族のエリートである彼は身体機能を魔力で底上げしなくても人間の戦い慣れした戦士30人を一人で圧倒できるだけの戦力がある。

しかし、彼の心臓はあっさりと貫かれた。

何のことはない、十河一存の兵の一人が心臓に刺さった彼の槍をがっちりと掴んでいて、その間に貫かれただけの事だ。そして、ただの槍風情が己の鎧を貫通するなどとは思っていなかっただけだ。彼は言わなければならない、そして聞かなければならないと思った。

「私はボゾネルス・グリッカード・ライオネル。貴様らの総大将の名前を知りたい」

「十河一存だ」

十河一存もまた自分の名前を伝えなければならないと思った。

そして前に出てボゾルネスの前に立った。

腰の太刀を抜いてボゾルネスの首を叩き切る。

首が地面に落ちるまでにボゾネルスは言った。

「また会おう」と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る