第141話 戦い

その日、空が裂けるような轟音とともに戦端が開かれた。白と黒の閃光が幾度も夜空を引き裂き、激しい光と影のコントラストが戦場を照らし出す。上空では、女神アウラリアと異世界の魔王ヴァズロスが激しく激突し、壮絶な空中戦が繰り広げられていた。一馬はその光景を見上げ、胸中で敵ながら感心していた。魔王ともなれば、もっと安全な場所でふんぞり返りながら指示を出すものだと考えていたからだ。それほどまでにヴァズロスが自ら戦場に降り立つことには、彼自身の必死さが表れているのだろう。


地上では、すでに連合軍と魔王軍が激しくぶつかり合っていた。エアライダーに乗った一馬は、戦場全体を上空から見渡しながら、その規模に驚かされる。味方軍の兵力は90万に対し、敵軍の数はおよそ70万。しかし、その数の差に安心できる状況ではない。魔王軍はただの兵士の群れではなく、その質が未知数であり、数以上の脅威をはらんでいる可能性があった。


魔王軍は驚くほど均整の取れた編成をしていた。歩兵、弓兵、魔法使いがバランスよく配置され、さらに空中にはハーピィやドラゴンに乗ったドラゴンライダーたちが飛び交っている。その圧倒的な戦力を前にしても、一馬の仕事は明確だった。彼の任務は、前線の制空権を確保し、敵の空中勢力を抑え込むことだった。


一馬が手にする武器は、もはや近接戦闘の剣ではなかった。彼の手には、最新の魔道技術が凝縮された魔道レーザーロングライフルが握られていた。この武器の驚異的な点は、標的に一度照準を合わせて発射された魔力の弾丸が、相手の生命活動が停止するまで高速で追尾し続けるということだ。逃れることはほとんど不可能に近い。しかし、魔王軍もまた同様の狙撃手を地上に配置していた。魔法の弓矢を使い、こちらの動きを牽制してくるが、その弾速は遅いため、事前に回避行動を取れば簡単によけることができた。ただし、それにより一馬は攻撃態勢に入るタイミングを失い、やや苦戦を強いられることになった。


地上戦では、歩兵同士の壮絶な戦いが繰り広げられていた。魔王軍の戦士たちは、皆屈強な体つきをしており、トロルやオークが盾を掲げて人間の攻撃を力強く跳ね返していた。その圧倒的なパワーの前に、連合軍の兵士たちは一歩も引かずに戦い続けたが、それでも拮抗状態にあるのは、こちらにも切り札があったからだ。


その切り札とは、伝説の武器、讃岐守藤原安綱を手にしたウォーウルフ、ラグナールである。彼がその剣を振るうたび、敵も味方もその鋭い切れ味に息をのんだ。ラグナールの一撃で、魔王軍の盾や鎧はまるで紙のように切り裂かれ、誰もがその威力に恐怖と畏敬の念を抱いた。戦場は、まさに生死を賭けた壮絶な舞台となり、そこにいるすべての者が、命をかけた激闘の中で自らの存在を賭けていた。


その瞬間、魔王ヴァズロスが上空で何かを叫んだ。その叫び声は、大地を揺るがし、裂け目が生じるほどの凄まじい絶叫だった。だが、それは単なる攻撃ではなかった。それは戦場に控える魔族たちへの合図だった。魔王の命令を受けて、後方に控えていた魔族たちは一斉に何かを詠唱し始めた。その詠唱が進むにつれて、痩せていた魔族の体がみるみるうちに筋骨隆々となり、見るからに強化されていくのがわかった。


強化された魔族たちは、スピードとパワーが格段に増し、その勢いで前線をじわじわと押し上げ始めた。ラグナールでさえ、その猛威を抑えきれず、押されていた。連合軍が肌で感じたのは、魔王軍が文字通り捨て身で戦っているという事実だった。これほどの身体強化魔法を使用すれば、肉体がボロボロになることは明らかだ。それでも勝ちを望むという狂気が、彼らの行動の裏に見え隠れしていた。


連合軍の兵士たちは、その狂気に恐怖を覚えた。敵が圧倒的な速度と力を持ち、数の優勢が一瞬にしてひっくり返ったのだ。トロルのハンマーが振り下ろされるたびに、人間の兵士たちはまるで石ころのように弾き飛ばされた。その惨状の中で、ラグナールだけは笑みを浮かべていた。しかし、その笑みは引きつっており、心からのものではなかった。彼は笑いたいのではなく、味方を鼓舞するために笑わざるを得なかったのだ。その表情は、まるで「お前たちが下がれば、後ろにいる女と子供が死ぬんだぞ、ビビるな、気合を入れなおせ」と言っているかのようだった。


ラグナールの姿に感化され、多くの兵士たちが恐怖から解放された。状況は依然として連合軍が押されていたが、その勢いは幾分か和らいでいた。だが、その瞬間、魔王軍は爆発魔法を詠唱し、前線の兵士たちごと吹き飛ばした。その攻撃は効率的とは言えなかったが、もはや魔王軍は勝利よりも魔王ヴァズロス一人を生き延びさせることに専念しているかのように見えた。それは、勝利に取り憑かれた狂気の姿そのものだった。


再び狂気に包まれる中、連合軍の士気が下がっていった。その原因は、ただ敵の恐ろしさにあるだけではなかった。上空で戦っているアウラリア女神と魔王ヴァズロスの戦いが、次第に魔王優勢になってきているからだった。アウラリアは武の女神ではなく、豊穣の女神だ。それが無理をして戦っているのだ。連合軍も身体強化魔法を使用してはいたが、魔王軍のそれには及ばなかった。


しかし、その時、一人の男が絶叫した。「皆の者、死ぬ気で生きて帰れ!わが父の勅命であるぞ!」それは、アルヴィス殿下の声だった。彼は前線で槍を振るい続け、その言葉に連合軍内のヴァルフォード王国軍は奮起し、指揮が飛躍的に上がった。敵味方の怒号が飛び交う戦場で、連合軍の兵士たちは必死に戦い続けた。しかし、状況は依然として連合軍が劣勢だった。


その時だった。連合軍の後方から何かが近づいてくるのが見えた。それは、時代錯誤な武者鎧をまとった一団だった。「天照大御神の勅命を受けて推参した。我は十河一存、これより魔王軍を撃滅する!」と、一存は力強く宣言した。その声が戦場に響き渡ると、新たな戦いの幕が上がったのだった。

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