第140話 戦いの前夜

90万の連合軍が帝国の帝都へ向けて出撃する日が訪れました。その日の空は重く、まるでこれから始まる血なまぐさい戦いを予感させるかのように曇りがちでした。軍勢の先頭に立つのはヴァルフォード王国の皇太子アルヴィス。彼の決意は固く、その目には迷いは一切ありません。しかし、その背中には、国王である父からの非難と葛藤が重くのしかかっていました。


出撃の前夜、王宮の謁見の間で、アルヴィスは父王と対峙していました。怒りに震える国王は、拳を振り上げると、息子の頬を力強く殴りつけました。その音が部屋の中に鋭く響き渡ります。王の怒りは烈火のごとく、その声は震えながらも鋭く響きます。


「フザけているのか、そんなことが許可できるわけないだろ、このバカ息子が!」と、国王は激怒のあまり声を張り上げました。彼の息は荒く、顔は紅潮しています。目には心配と怒りが混じり、愛する息子を戦場に送り出すことなど考えられないという思いが滲んでいました。


アルヴィス皇太子は、その一撃にもびくともしませんでした。彼の瞳は父親を見据え、冷静さを失いません。「民の不安を解消するために、こういった場面で王族が前へ出ねばどうやって示しをつけるのです!」彼の声には決意がこもり、その言葉には揺るぎない信念が込められていました。王族が先陣を切ることで民を奮い立たせ、士気を高めることができるのだと彼は確信していました。


国王はさらに激昂し、再び拳を振り上げますが、その手は宙で止まりました。「我が国にも将軍がいるのに、次期国王のお前が前線に出ていいわけないだろ。考え直さぬのなら牢屋にブチこむぞ!」その声は怒りだけでなく、息子を戦場に送りたくないという父親としての切なる願いが込められていました。王の中での葛藤が見え隠れします。


アルヴィスは冷静さを崩さず、少し口元に笑みを浮かべて言います。「ほう、父上、この王都で私より武勇の優れる者など、どこにいましょうか?小さき頃より『男は強くあれ』と言って育ててくれた父が今はこの体たらくですか?」その言葉には、王族としての誇りと、自分を貫く決意がにじみ出ています。


さらに、彼は続けました。「でしたら構いませんよ。下野します」その言葉に、国王は目を見開きました。「げ、下野だと!?」息をのむようなその一言に、王の心が大きく揺れます。彼の胸中では、愛する息子が王族を捨て、平民として生きるという決断に対する恐怖と失望が入り混じっていました。


アルヴィスは無表情を保ちながら淡々と続けました。「わたくし、前々から思っておりました。クレストンのほうが便利な街じゃないかと、だとしたら平民も悪くありません。さようなら国王陛下……それに良いではありませんか、私は長男ですが、次男もいますでしょう?」その言葉には、すでに彼が覚悟を決めていることが明白でした。彼が望むのは、単なる王子としての安定ではなく、真に国を守りたいという強い意志だったのです。


国王はその決意を見抜き、怒りと悲しみが交錯する中で、ようやく言葉を絞り出します。「待て、アルヴィス……出撃を、許可する。」その声は震え、息子を前線に送り出さねばならないという現実に打ちのめされていました。


アルヴィスはその言葉に微笑み、軽く頭を下げました。「ふふっ、ありがとうございます父上。」その笑顔には、勝利への自信と、父に対する深い尊敬が見え隠れします。


国王はその姿を見送りながら、最後の力を振り絞って言いました。「だが、これだけは約束しなさい。死ぬ気で、生きて帰ってくることを」その言葉には、父親としての愛情と、息子が無事に帰還することを切望する強い願いが込められていました。


アルヴィスはその言葉に応じることなく、静かに一礼して謁見の間を去っていきました。彼の背中を見送りながら、国王の胸中には息子への誇りと、父親としての深い悲しみが混じり合っていました。こうして、アルヴィスは全てを背負い、戦場へと向かうのです。

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