第139話 気合を入れろ

一馬は深く息をつき、空を見上げました。彼が手に入れたばかりの平穏は、あまりにも儚いものだったと感じずにはいられませんでした。まるで嘲笑うかのように、運命はまた新たな試練を用意していたのです。


帝国の首都で、恐ろしい出来事が起こったという報せが届きました。謁見の間に突如として亜空間の亀裂が生じ、そこから異世界のモンスターたちが次々と現れたのです。そして、その軍勢を率いていたのは異世界の魔王、ヴァズロスでした。彼は、かつて別の世界で勇者に敗北を喫し、命からがらこの世界に逃げ込んできたのです。ヴァズロスとその従えるモンスターたちは、無慈悲にも帝国の無辜の民に襲いかかり、血の海を広げていきました。


この世界を守護する女神【アウラリア】は、その惨状を目の当たりにし、戦う決意を固めました。しかし、彼女一人の力ではどうにもならないことを知っていました。アウラリアはインターネットを通じて、世界中の人々に緊急のメッセージを発信します。「力ある者よ、どうかこの危機に立ち向かってください」と。


その呼びかけを受けた一馬は、胸の内で静かに思いました。「平和とは、なんと貴重で、そして短いものだろうか。」彼は、かつて誰かが言った「人間の歴史は戦争の歴史だ」という言葉を思い出しましたが、今日ほどその言葉が心に響いた日はありませんでした。一馬はこの新たに手に入れた土地と、そこで育った女性や子供たちに、この地を託すことを決意します。彼は、農場を後にして、再びクレストンの町へと向かいました。


クレストンに戻ると、同盟国の首脳たちが集まり、緊急会合が開かれていました。一馬が会場に足を踏み入れると、ヴァルフォード王国の皇太子アルヴィスが声をかけました。「遅いぞ、一馬。主役が来なくては会議が進まないではないか。」


一馬は苦笑いを浮かべて応じました。「すみません、殿下。しかしね…あんまりじゃありませんか?びっくりするほど平和が短くありませんか?」


アルヴィス皇太子は、その言葉に力強く頷きながらも、冷静な表情で答えました。「そう思っているのはお前だけじゃない。一馬。しかし、案ずるな。魔王ヴァズロスは必ず我々が打ち滅ぼす。相手がどれほどの戦力を持っていようが、同盟国全ての兵士を合わせればざっと90万が戦場に出られる。喜べ、一馬。フェルヴァンの年寄りどもも戦列に加わるそうだ。お前が若返らせた甲斐があったな。」


一馬は溜息混じりに言い返しました。「いくら殿下でも、言っていい冗談と悪い冗談の区別くらいつけていただきたいものですが…」


「何を言っている、一馬。戦って勝たねば、平穏なんてものは勝ち取れんのだ。奴隷になるのなら、まだマシかもしれんが、相手が言葉も通じぬ獣のようなものだとすれば、何もしなければ私たちは食い殺されて終わるだけだ。気合を入れろ、一馬。農業は魔王を打倒した後でもできるだろう。」アルヴィスはそう言い、一馬の肩を叩きました。


一馬はその言葉に無言で頷きながらも、胸の中で渦巻く複雑な思いを飲み込みました。今は、戦うしかない。彼の望んだ平穏は、再び遠ざかろうとしていましたが、それでも、この世界の未来のために、彼はその試練に立ち向かう覚悟を決めたのです。

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