第59話 接客2日目

二日目の朝、まだ日が昇りきらないうちに、一馬はお客様である家族連れの子供たちを畑に連れて行きました。畑の広々とした景色を目の前に、子供たちは目を輝かせています。普段、都会で育った子供たちにとって、このような自然の中での農業体験は初めてのこと。畑を耕し、畝を作り、そして自らの手で種をまく作業に、一生懸命に取り組んでいます。土に触れ、汗を流しながらも、その顔には楽しげな笑顔が絶えません。


親御さんたちは、子供たちがこんなに楽しそうに働く姿を見て感動し、「本当に良い経験をさせていただき、感謝しています」と、一馬に深くお礼を伝えました。一馬は、この瞬間が自分の提供するサービスの価値を実感させるものだと感じ、満足感に包まれました。


一方で、カップルのお客様は、少し離れた場所から椅子に腰掛け、子供たちが畑で楽しむ様子を穏やかな表情で眺めています。そのそばには、ナビィが気配りを忘れず、冷たい飲み物を用意していました。さらに、農場の猫がカップルに近づき、特に女性の方に寄り添い、愛らしく甘えています。女性はその愛くるしい姿にメロメロになり、猫の頭や背中を撫で回し始めました。


男性の方はというと、椅子に深く腰掛けながら、部屋に置いてあった最新の小説を手に取って静かに読み進めています。これは、一馬が事前に図書館の受付の女性にお願いして、最新の小説を何冊か見繕ってもらっていたおかげです。彼の経営哲学として、古典的な文学よりも、今の流行に合わせたコンテンツを提供することで、より満足度の高いサービスを提供できると考えていたのです。


この日も、一馬の心の中には、喜びと達成感が満ち溢れていました。農場全体が、自然の美しさと人々の笑顔で満たされるという、彼が目指した理想の姿がそこにありました。


昼、一馬はこの農場で採れた新鮮な野菜をふんだんに使ったサラダをお客様に提供しました。ナビィが丁寧にカットし、美しく盛り付けられたサラダは、太陽の光に照らされてキラキラと輝いています。トマトの赤、キュウリの緑、ナスの紫が目にも鮮やかで、見るだけで食欲をそそる一品です。


一口頬張った瞬間、家族連れの父親が「これはなんて美味しいんだ!」と驚きの声を上げました。その新鮮さと甘み、シャキシャキとした食感に、家族全員が感嘆の声を上げながら次々とサラダを口に運びます。カップルのお客様も、彼女が「こんなに美味しい野菜、今まで食べたことないわ」と微笑みながら感想を述べ、彼氏も「本当に、これは特別だ」と同意して、ナビィと一馬に感謝の言葉を伝えました。


このサラダは、ただの付け合わせではなく、食卓の主役となり、その味わい深さが一層、お客様たちの心に残るものでした。一馬はその反応を見て、この農場で育てた野菜が持つ力と、それを最大限に引き出すことができた自分の努力に自信を深めました。


夜、町の近くの湖で獲れた魚が、シンプルに塩を振っただけで極上の味わいとなり、家族連れもカップルもその美味しさに感嘆しました。新鮮な魚の旨みが引き立つ料理は、彼らにとって特別な夕食となり、皆が笑顔で食事を楽しむ姿が印象的でした。


しかし、一馬の心には何かが欠けているという思いが残りました。美しい夜空、完璧な食事、そして至高の時間を過ごしているはずなのに、まだ何かが足りない。それは「音楽」でした。弦楽器の音色がこの静かな夜に響けば、この空間はさらに素晴らしいものになるに違いない。一馬はそう確信し、今後の課題として、音楽の導入を考え始めます。この農場で提供する体験をさらに豊かにするため、次のステップを思い描きながら、彼は満天の星空を見上げました。

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