エイチとこの世界

ゆったりマリン

エイチとこの世界

 僕は普通の高校2年生。今まで友達と楽しく過ごしてきた。今は受験生になる前の最後の夏休みを過ごしている。けど、進路のことを親や先生から考えるように言われ、渋々調べてみるも学びたいことはなかった。ただ、小さい頃から理系科目はからっきしダメだった。特に、化学は意味がわからなかった(頭が痛くなるくらいに)。だからといって理解しようとも思わなかった。だから文系の大学に行こうとぼんやり思っていた。

 そんなある日アイスを食べながら家でテレビを見ていると、水素を燃料とする電車のニュースが流れてきた。化学反応がどうのこうの…、うぅ、アイスのせいか、ニュースのせいか頭が痛くなってきた。周期表の左上にある「水素 H」、この世にこんなものなければ気分を悪くするようなニュースを見ず、アイスを食べる時間が幸せなまま終わったのに…

 その夜、頭が少し痛いまま僕は自分の部屋で寝た。朝、目を覚ますと体が非常に軽い感覚だった。というか浮いているのか?体の動きをコントロールできない!?目の前には大量の大きさの異なる球がプカプカ浮かんでいた。球が2個つながっているものが多かった。僕の体も2個の球でできているっぽかった。それは、化学の教科書にある「分子」とかいうやつの図を思い出させた。周りの分子より自分の体(分子)が小さく見えたし、部屋の上の方にいた。

「ん、この特徴はまさか!?僕は水素!?」

 しばらくパニックになったが戻り方がわからん。僕は諦めた。窓があいていたから僕は外に放り出され、上にあがった。空は厚い雲で覆われていた。雲の中には無数の分子があった。ふいに、僕の体が何かとくっついた。大きい球と小さい球…これは酸素と水素なのか?雲は水でできていると聞いたことがあった僕はそう思った。

 僕の体は水分子になったのだ。そしてほかの水分子と集まって落ちた。まるで、スカイダイビングをしているような恐怖と爽快感。いつのまにか僕は雨粒の一員になっていた。僕は川に落ちて下流に流れていたが、パイプに吸い込まれ、気がつくと金属に囲まれていた。すると、蛇口をひねるような音が聞こえ、また何かに吸い込まれた。水素になってから喜怒哀楽が少なくなった。流れに身を任せていた。あれから無の感情のまま暗い場所で流れていた。いつのまにか僕の体は元素1個で二重らせん状の何かに固定されていた。遠くに赤い川が流れ、そこから水素とは違う元素が僕の近くに取り込まれた。これは人間の細胞の中なのか。そして僕はDNAの一部となっていた、というのは意味わかんないけどね。DNAは人間が成長するうえで大事なものという事は知っていた。僕は今まで誰かの役に立ったことはなかったから少し嬉しくなった。水素になってはじめてこんな気分になった。 ここから新たな細胞がうまれる、そしてDNAは代々受け継がれてゆく。生命の神秘を間近で感じて感動した。今思えば、生物も嫌いだったのに。

 しばらくして二重らせんがほどけ用済みになった僕は水になり体内を巡って赤いへこんだ何かやウイルスみたいな見た目のものに出会い、人間から去った。僕に絡まっていた理科への苦手意識も少しほどけたような気がした。

 次に僕は、僕と同じ見た目をしている水素でいっぱいの空間に閉じ込められた。そこは、かつて教科書で見た気がする燃料電池の中だった。また、嫌いな化学の内容だ。しつこいと思ったのも束の間、まあ悪くないかと思い直した。燃料電池の中には、水素と酸素が入っており、2本の極というものにそれぞれ分かれてくっついているらしい。そして、水素は酸素にくっつき、水になると習った気がする。すると突然、僕の体が動き出した。他の水素と同じ方向に吸い寄せられていた。そのとき、僕の体から小さい球体が2個放り出され、酸素にくっついた。もう1個の水素と一緒に。水となったあと僕らは外に出た。振り返るとそれは車の排気口だった。排出するのが二酸化炭素ではなく水というのがクリーンらしい。そういえばテレビでそんなものを見た記憶がぼんやり浮かんできた。今自分はクリーンなエネルギーになっている、違和感しか感じない自分の状況に少し慣れてきた。水素にこんな世界があったのか!と新たな発見ができた。

 ここまでいろいろ水素として生きてきたが、そのたびに自分が役に立っているということを感じた。嫌いだった化学を「身近」というより体で感じ、抵抗がなくなっていった。今は環境に配慮したもの、技術を作る時代だということは知っていたが、こんなにも革新的なのか!と人類の科学技術の進歩に驚嘆した。人類の叡智がそこにあった。

 しかし、水素として生きていた中で光があれば影もある科学技術の影の部分をまざまざと見せつけられた。

 ある日、僕は大きい金属の筒に閉じ込められていて、その外では研究者らしき男とその仲間が何やら話し合っていた。

「もうすぐ完成だ。これを持ってすれば、某X国は滅びるだろう。この軍の施設で作ったこれがあれば大統領も喜ぶだろう。今回は重水素や三重水素という水素の質量が異なるものに他の物質を混ぜて…」

「実戦で使用する前に実験用の土地で実験してみよう。」

 どうやら僕はただの水素ではないらしい。何か恐ろしいことに使われる水素なのだと会話から読み取った。その後の会話で金属の筒は飛行機に積まれるものだと分かった。

 しばらくして、僕はまたスカイダイビングをしているような感覚に襲われた。前の感覚には爽快感があったがそれはなかった。恐怖しかなかった。流れに身を任せていたが、このときは自分の意思で逃げ出したいと思った。それは人類の負の歴史が繰り返されようとしているのではないかという嫌な予感がしたからだ。次の瞬間、とてつもない光と轟音で金属の筒は爆発し、衝撃波で横に吹き飛ばされた。何が自分の周りで起きたのか分からなかった…

 何km吹き飛ばされたかはわからない。眼前にはオレンジに輝くきのこ雲があった。空高くそびえるその雲はきれいに見えたが、未だかつて見たことがない残酷さがあった。

「核は使い方を誤れば、悲劇を生む」

 という化学の先生の言葉を思い出した。水素にこんなことができてしまうのかと唖然となった。

 そしてまたまぶしい光に包まれた。今度の光はぽかぽかする優しい光だった。目覚めるとそこは自分の部屋のベッドの上だった。リビングに行ってテレビをつけてみた。日付は1日変わっていた。あれからたった一晩しかたっていないらしい。夢にしては妙に現実味が強く、最近流行りのVRよりはるかにリアルだった。なぜあんな体験をしたのかよりにもよってなぜ水素に変身したのか…。夏休みの間それをずっと考えていた。だがしかし、その自分なりの納得した答えをある日見つけた。

 お盆にテレビを見ると戦争についてのニュースをやっていた。そこで、核について特集が組まれていてそこに出ていた解説者がこう言った

「科学はわたしたち人間の生活を豊かにするものとして昔から未知のことが分かるたびに応用されてきました。特に化学は家電や移動手段、人体の中でも役に立っています。しかし、それは誤った方向に応用され、豊かなものを破滅に追い込む手段として使われてきて、今なお世界にはそういう危険性が残っています。今日をきっかけにまた戦争について、科学について考えてほしいです。」

 これを聞いて僕の心のモヤモヤが晴れた。僕の進路は決まっていなかったが、僕は科学者になるのが正解なのではないかと思った。科学者になるためにあの夢のようなものを見たのだ。きっとそうだ。僕はベランダから遠くに見える工場や川を眺めた。なんて素敵な夏休みだったのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エイチとこの世界 ゆったりマリン @math1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画