第三章 救世鬼

第27話 日食

 雨が上がった。遠くのほうでトウモロコメ畑の風車が燃えている。ライカンどもに火を放たれたのか、あるいは先ほどの大きな落雷が落ちたのかもしれない。


 あたしはトマト噴水広場を見渡す。

 そこかしこにふん縛られたライカンどもが集められていた。その手には手錠がかけられている。数珠つなぎのように列をなしていた。殿しんがりには遮光性の黒合羽を着用した兵隊がアサルトライフルを構えている。噴水広場の周囲を取り囲む建物の屋上にはスナイパーが目を光らせていた。この噴水広場がライカンの即席収容所になっていた。


「あいつ、バカプリンスにビクトリーしたようね」


 あたしは灰傘の同級生に思いを馳せる。

 そして鼻を鳴らした。


「ふん。それにしてもこいつら、遠吠えしたと思ったらあっさり降伏したわね」


 あたしの右斜め後ろにはルノが黒いフリルのついた青い日傘を差している。


「こうして並べてみると、いろんな毛色のライカンがいんのね」


 黒、茶、黄、斑、三毛、錆。その表情は一様に暗い。

 侵攻作戦失敗したうえに捕虜になったのだから当然だ。

 これからこいつらはウシュットガルドへの外交のカードとして切られることになる。

 そのライカンどものなかでひときわ瀕死の個体がいた。石畳に寝かされている。


「あんたもバカなことしたわね。あたしに勝負を挑んだのが運の尽きよ」

「……ッ、ですね」


 キョクヤは虫の息で答える。

 丸眼鏡は爆風で割れて飛んでいってしまった。首元の黒いマフラー以外はほとんど全裸に等しい。といっても彼らには濃い体毛があるけどね。


「死んだほうがマシだったんじゃない? 悪かったわね、ちゃんと殺してあげられなくて。でも、あんたの生命力の強さを呪いなさいよね」

「いいえ。命だけは……助けてくださり、感謝の念に堪えません。……わたくしはまだ、どうしても死ぬわけにはいかないのです」

「そんなにあんな向こう見ずなバカプリンスが大事なのね」


 それにしてもこれだけの大火傷を負ってよく生きていたものだ。

 生命力が化け物なんだろう。

 とそこで、天を仰いでいたキョクヤは目を丸めた。


「なにあんた、ウルフが豆鉄砲食ったような顔して……」

「太陽が……死んだ」

「あんた、頭だいじょうぶ? もういっぺん死んどく?」


 あたしがいつも通り心優しく心配していると、たしかにトマト噴水広場が徐々に翳り始めた。

 おかしい。

 いくら一日に夜が2回あるからといって、1回目の夜にはまだ早いはずだ。

 あたしを含めて、その場にいたヴァンパイアやライカンが一斉に空を見上げる。

 その空の中心ではなんと太陽が食われていた。

 陰にムシャムシャ、と。

 つまりは日食していた。

 昼にもかかわらず辺りは闇に包まれていく。

 モブのヴァンパイアたちは雨合羽のフードを脱ぎ、日傘を下げた。


「嫌な予感がオニバカするわね」


 あたしは目を細めて空を睨みつけた。

 ちなみにトマト噴水広場には東西南北に建造物が囲っている。北はデパート、南は雑貨店、西は銀行。真上から見れば十字路のようだ。そして東の方角には百鬼夜教会が建立している。尖塔に暈十字が飾っていた。たしか教会というのは日の昇る方向に祈りを捧げるために東に建てられることが多いらしい。


 太陽が月の陰に食われると、百鬼夜教会も闇に飲まれる。

 すると教会の重厚な門が不気味に開いた。

 なかは伽藍堂のように暗い。

 奥の祭壇の蝋燭にステンドグラスが照らされている程度だ。誰も出てくる気配はない。にもかかわらず、不穏な風だけがあたしの頬を撫ぜた。それと同時に祭壇の蝋燭は一斉に立ち消える。

 教会の扉はギィーバタンと、無機質に閉まった。

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