第21話 ルキミヤサバイバー

 風車炎上。 

 風車からゴウゴウと炎が噴き上げる。風の通りがいい立地なのも災いしていた。

 もはや風車ではなく火車だった。

 とどまることをしらない火の手がトウモロコメ畑を包もうとしていた。


 僕は黒煙が昇る風車塔を命からがら抜け出した。全身に大火傷を負いながらも日傘を杖代わりに突いて歩く。このリュウコツヒガサが耐火性なのが、せめてもの救いだ。


「アッチッチ!」


 熱いで済んでいるのは吸血鬼の再生力あってこそだった。

 それでもできるだけ選びたくない戦術である。

 僕はひんやりした地面に転がりながら一息吐いた。

 とそこで、仰向けになった僕の頬にポタポタと水滴が落下した。


「雨だ」


 ゴロゴロゴロ、と雷まで鳴り始めた。自分が出てきた風車塔の炎の中を見る。まだ油断はできない。

 なぜなら人影がなかったからだ。

 燃え盛りながら悲鳴を上げて転がっていてもおかしくないにもかかわらず。

 即死したのか?

 もしもそうでなければ……。

 僕は心臓を鷲づかみにされたような感覚に襲われた。

 目を凝らして奴を探すと、なんと風車塔のてっぺんに一匹の人狼が立っていた。

 さすがにノーダメージというわけではなく、ところどころ火傷をして焦げている。だがしかし、いずれも致命傷には至っていない。


「あはは」


 もう笑うしかない。

 僕の再生力はすでに残っていない。銀の杭で刺された箇所の血が止まらないのだ。

 次、死んだら本当に死ぬ。

 でもさ。


「死んで、もともとだ!」


 元白血病患者ルキミヤサバイバーだぞ。血が止まらないくらい慣れっこなんだよ。

 怪我をしたら大事なので運動もできなかった。

 だから知らなかった。

 こんなにも全力を出せることが楽しいなんて。

 体の心配をしなくてもいい。

 とことん、やってやろうじゃないか。


 僕は前世でもずっと日陰の中にいた。

 こんなボロボロになって雷が鳴る日に外に出るなんて考えられなかった。いつも病室の外から額縁で切り取ったような世界しか知らなかった。世界の広さを知らなかった。僕はそういう世界の住人だ。

 僕は向かい討つべく日傘を天に突き上げた。


「来るなら来い! ウルハラ!」


 すると、ウルハラはおもむろに右拳を天に掲げた。

 なんとその拳の先端にはもちろん銀の杭が握られているではないか。


 まさか……。 


 そんな僕の嫌な予感は当たる。

 その次の瞬間、ピカッゴロゴロゴロ! と、風車塔のてっぺんに引き寄せられるように落雷した。もっといえば銀の杭に引き寄せられるかたちだ。金属の中でもっとも電気を通しやすいのは銀。そんなこと銀の杭を武器に扱う時点で考慮してしかるべきだった。

 そしてウルハラは手の中の6本の銀の杭の頭と尻を繋ぎ合わせ始めたではないか。雷が落ちて銀が融解温度に達したのだろう。銀の杭はあっという間に一本の長い銀の杭に生まれ変わった。


 いや、むしろあれは――銀の槍だ。


 結局、僕が窮地に追い込まれた理由は相手を見くびっていたこと、侮っていたことではないのか? 人狼という種族はごり押しのパワー系で、科学には疎い。そんな偏見がなかったと言えるのか? 理解する努力をしないのは差別への第一歩だ。話し合う道はなかったのか。

 しかし、もはや後の祭りである。

 ウルハラの体はさらに帯電する。炎のなかでひときわ明るい輝きを放つ。銀の槍を右手に握り肩の上に構えた。背景の黒雲のなかで雷が光ると、巨大な狼のようなシルエットが現れる。


「あばよ。天国に堕ちろ」


 そう言って、風車塔の上から飛び立つウルハラ。空中でトルネードのような横回転ひねりを加える。その勢いを殺さないまま銀の槍に乗せて、地上に投げ落とした。


「――『風車銀雷ふうしゃぎんらい』」


 放たれた銀の槍が落雷顔負けの猛スピードで落ちる。僕に向かってまっすぐに突っ込んできた。0コンマ何秒で雷を纏った銀の槍の切っ先が僕に肉薄した。あまりの速度に避けることもできない。

 そして避けるつもりもない!


「頼む、リュウコツヒガサ!」


 僕は相棒に呼びかけた。

 日傘を避雷針代わりに突き上げようとする。しかし、それはできなかった。なぜなら、そこで考え得るかぎり、最悪の出来事サプライズが起こったからだ。

 突如、僕の前にとある人物が立ちはだかった。

 僕はその後ろ姿を特等席で見たわけだけど、信じられない。嘘だ。きみは気を失ってバス停のベンチに寝ていたはずだろう。しかし、現実にその子は僕の前に現れた。その子は僕を庇うようにバッと両手を広げている。

 それでも銀槍は止まることを知らない。光速に近い高速で空間を切り裂く。そして、ドスンとその子の胸を貫通した。銀槍はちょうど中腹あたりで止まっている。串刺しにされた状態だ。

 その子はガクンと膝を突いて、そのまま横に倒れそうになった。僕は瞬きも忘れて、その子を無我夢中で抱き支えた。流れたての温かな血が僕の手のひらを伝う。息が詰まり胸が潰れる。比喩じゃなく、胸が潰れて心臓が口から飛び出そうだった。


「あぁっ、ぁあぁぁぁっあああっああああぁぁっああああああああああああああ……!」


 僕は声にもならない声を発するだけで、その子の名前を呼ぶことさえできない。

 僕はきみのパードナーなのに。

 吸血鬼である僕が守らなきゃいけなかったのに。

 トレードマークである黒い学生帽がポトリとぬかるみに落ちる。



 アオハルは銀の槍によって、心臓を貫かれていた。

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