第20話 罠と花

 風車塔に近付く獣耳の影があった。

 僕は咄嗟に近くにあった刃が3本のクワを手に取る。なりふり構っていられない。もう片方の手では閉じた日傘を杖代わりにする。ボロボロの体に鞭を打って立ち上がった。足を引きずりながらも山積みにされた麻袋の影に隠れる。麻袋に体重をあずけた。


「隠れてもいいんだぜ。今から俺様に見つかるまでがおまえの寿命だ」


 ジャキーンと銀の杭同士をこすり合わせて威嚇するウルハラ。

 僕は息を殺して機会を窺う。ウルハラは僕のすぐ横を通りすがった。

 それから意を決して、僕は両手で持ったクワを振り上げる。死角からウルハラの背後に襲いかかった。


「――ッウ!」


 しかし、僕の振り下ろしたクワは途中で止まった。

 なんとウルハラは銀の杭を握った片手を挙げるようにして、後ろ手にクワを受け止めているではないか。


「血のニオイが隠せてねえぜ」


 ガキンとウルハラが手を軽くひねる。クワの刃の部分はポキッと赤子の手をひねるように折れてしまった。ウルハラは反転すると、僕に向かってメリケンサックのような拳を突き出してくる。紙一重で僕は回避する。その拳は風車塔の内壁を穿った。

 僕は麻袋に立てかけていた日傘を突っかけると走り出した。


「ここは任せて先に行け!」


 ウルハラはそんなことを言いながら追いかけてくる。

 意味不明すぎて怖い。

 ウルハラの追撃をかわして、ときに日傘で受け流しながら、僕は風車塔のなかを逃げ惑う。あくまで誘導してることを悟られてはならない。苦し紛れに無策で逃げているふうを装うのだ。

 その場にあった一輪リヤカーをウルハラに向かってぶん投げる。しかし、ウルハラは新聞紙のように簡単に貫いた。ものともしない。そして、ついに僕は風車塔の隅に追い込まれた。

 僕は前方にリュウコツヒガサを広げて物理的な壁を作る。


「なんだ、その穴だらけの日傘は? 誰にやられたんだ? なあ!」


 挑発的に煽り散らすウルハラ。

 そんな彼を無視して僕は別のことを言う。


「金属の中で何がもっとも電気を通しやすいか、知ってる?」

「あん?」

「答えは――銀だよ。疑うんなら嘘か本当か試してみるといい」

「何さっきからゴチャゴチャ抜かしてんだよ! おい!」


 そう言い放って、ウルハラは僕めがけて銀の杭の突き出た拳を繰りだした。


「このときを待ってた」


 その瞬間、僕は日傘を閉じた。そして身を屈めて横に転がる。ウルハラの殺傷能力の高い拳を避けた。もちろんそんなこと何回もできるわけがない。しかし、次の攻撃が来ないことを僕は知っていた。なぜなら僕の背後には風力発電によって生まれた電気を管理する配電盤があったからだ。

 ウルハラは日傘によって視界を遮られていたので、気づくのが遅れた。もう振り上げた拳は止まらない。そのまま、拳から突き出た銀の杭が配電盤を貫いた。

 刹那――バヂヂヂンッ!

 と、ゴムパッチンの千倍の音が鳴り響く。光が弾けた。ウルハラの体に骨が透けるほどの電撃が走った。プスプスと感電したウルハラの白い毛並みが逆立ち、黒い煙があがる。

 僕は巻き込み感電を避けるように、地面に触れながら四つん這いでその場を離れる。日傘を握った手を放り出して大の字に寝転んだ。


「はあ……はあ……はあ」


 息が切れた。もう動けない。冷や汗が止まらない。

 上下する胸越しに僕はウルハラを見る。

 ウルハラは感電しているために背筋をピンと逸らして、その場に固まっていた。

 僕が胸をなで下ろすのも束の間、ウルハラの左手の親指がピクッと動いた気がした。


「おいおい、嘘だと言ってよ」


 僕の願いも届かず、ウルハラは配電盤から銀の杭をおどろおどろしく引き抜く。


「気持ちよかったぜ」


 それから何事もなかったかのようにコキコキと首を鳴らしていた。


「なんで……?」

「ガキの頃から雪爺ゆきじいんとこの牛舎に忍び込んでは、イチゴミルクウシを狩ってたんだ」


 ウルハラは童心に返って懐かしむように語る。


「その牛舎の周りには電気柵が張られててな、よく感電したもんだ。ユキジイにも怒られてよ。だがある日、気づいたんだぜ――感電すると速く動けることに」


 つまり罠だった。

 誘い込んだはずが逆に誘われていたのは僕のほうだった。

 僕は寝ているわけにはいかないので、日傘を地面について立ち上がった。しかし、それを見逃すはずもない。ウルハラは目に見えない速度で僕の目の前に出現する。もはや音速だ。バチバチと全身に帯電していた。白毛が逆立っている。


「おまえ、筋肉が死んでるぜ?」


 そう言って、ウルハラは日傘を地面についていた僕の腹を蹴り上げた。


「アガッ!」


 風車塔を真上まで一直線に昇っていく。その途中の空中。僕にぴったしとウルハラは壁ジャンプして肉薄してくる。漸近するたびにボコボコに殴られ、膝蹴りを喰らった。いたぶられながら風車塔の上部に行き着く。今度は僕の髪の毛を掴まれた。もちろん空中なので抵抗はできない。


「生きろ」


 ウルハラは嘯いてから、雷を纏う片足を振り上げる。甲冑には静電気とは似ても似つかないレベルで帯電していた。それからウルハラは僕の脳天めがけて、目にも留まらぬ速さでかかと落としを繰り出した。


「『五十土落いかづちおとし』!」


 ――刹那、僕の体に稲妻に打たれたような衝撃が走った。頭からつま先まで一本のシュラスコで串刺しにされたような気分である。縦回転の末に地面にたたきつけられる。頭から米粉の入った麻袋の山に突き刺さった。

 全身のまっすぐな骨がすべて折れたような感覚。飼料用のトウモロコメが僕の口の中の水分を奪い、砂漠化させる。血と唾液の混ざったキャッサバみたいな味がする。パッサパサだ。

 言わずもがな、ウルハラは難なく着地する。


 通常の攻撃では歯が立たないだろう。

 しかし、まだ策がないわけではない。万策は尽きていない。感電攻撃が効かなかったときの第2の矢は考えてある。

 でもこちらの策は気が進まない。

 まあ事ここに至ってしまえば、そんなことも言っていられないのだけど。


「さあ、俺様たちの戦いはこれからだぜ。ピノキオ」

「僕の名前はピノキオじゃなくてソラシオだよ」


 だいたいどちらかといえば、ピノキオはきみのほうじゃないか。

 ともあれ、僕は悪足掻きする。山積みにされた米粉の麻袋のなかのひと袋を掴んでウルハラめがけて投げた。パスッ、と銀の杭で貫かれて粉末状の米粉が飛散する。かまわず、僕は次から次へと麻袋を投げる。投げる。投げる。突く。突く。突く。粉雪のように米粉が舞い散る。

 この三段セットを何度も繰り返した。

 その間もウルハラは風車塔の奥へ歩いてきており、止まる気配はない。そしてついに麻袋の山は廃山するほどに削れる。ウルハラは僕の目の前に仁王立ちとなった。


「気は済んだかよ?」

「おかげさまでね。準備は整った」

「あ?」


 片眉をひそめるウルハラ。

 あたりには米粉の粉が充満していた。視界が遮られるほどだ。


「できれば、こっちの策は使いたくなかったんだけどね。きみのせいだよ」


 僕は笑みを浮かべてとある方向を指差す。ウルハラも釣られてそちらを見やる。そこには先ほどウルハラが破壊した配電盤があった。バチバチッと、線香花火のように火花が飛び散っていた。

 それを見た瞬間、ウルハラは踵を返す。尻尾を巻いて逃げようとしたが間に合わない。いくら人狼の足でも。


「お互い、バッドエンドだ」


 僕がそう呟いた――次の瞬間、配電盤の火花が空気中に舞い上がった米粉に引火した。それはまた近くの粉に引火して、また隣の粉に引火する。指数関数的に連鎖して誘爆した。ひとつひとつは小さな爆発かもしれないが、それが無数にあれば途轍もない威力となる。


 それすなわち――粉塵爆発である。

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