第18話 青春戦争

 僕は首を切断されてブラッドバイクから投げ出された。

 それでも次の瞬間には、僕の頭部は大脳から再生される。頭髪の再生は後回しだ。優先的に眼球を再生させて視神経を繋げる。視覚が戻ると僕の胸の中のアオハルは儚げに気絶していた。

 呼吸を確認して脈をとる。バイタル問題なし。生きてる。


「灰の肌と青い目。そんな人間、初めて見たぜ」


 人狼王子だけがその場に立っていた。


「そもそも人間を見たことはないわけだが……そいつ、本当に人間か?」

「人間だよ」


 僕は気絶しているパードナーの代わりに答えた。

 特殊であり特別なのかもしれないが、この子は人間だ。元人間の僕が言うんだから間違いない。僕はすぐ近くの風車前駅のバス停のベンチにアオハルを寝かせた。


「そういえば、まだ名乗ってなかったね」

「必要ねえだろ。どうせ殺し合うんだからよ」

「殺し合うからこそだよ。文明がある生物は名前を懸けて戦うんだ」

「変わった野郎だぜ」

「そうかな」


 それから僕は正直に名乗る。


「僕はソラシオ・グレーウォーカー。ブラ校の吸血鬼だ」

「俺様はウルハラ・ビッグマウス。ウシュットガルドの第一王子だ」


 つまり王位継承権第一位か。

 しかし腑に落ちない。

 そんな人物がなぜこんな第一線に?


「ウシュットガルドの王は――」


 僕は厳しく糾弾する。


「きみのお父さんは、きみがこんなことをしでかしているのを知ってるの?」

「うるせえ。オフクロは関係ねえだろうが」

「きみのお母さんのことは一言もいってないんだけどな……」


 畜生。会話にならない。おそらく父親にはダマの独断専行というわけか。なんて王子だ。

 とそこで、町の方角のスピーカーからとある声が聞こえる。


「こちらブラッドレッド人外学校校長のオニトマトじゃ」

「オニトマト校長?」

「ただいま当校の固有血界によって人狼の侵攻を防いでおる。わしの血が赤いうちは絶対に破られんと誓おう。じゃから人狼諸君に告ぐ。今すぐ侵略戦争をやめるのじゃ」


 どうやらブラ校のほうは落城してないらしい。朗報だ。オニトマト校長を始めとして、優秀な教師陣が常駐しているのでむしろ安全かもしれない。

 とそこで、ふと僕は疑問が湧き上がる。


「だいたい、ウルハラ、きみはどうやって祖国血界を突破したの?」

「カッ、おもしれーこと聞くな」


 つまらなそうに言って、ウルハラは続ける。


「血界が破れていなかったから通れなかった。それだけだろ?」

「じゃあなんで、きみは今ここにいるんだよ」


 いや、待て。

 虚言癖だから逆の意味になるとすれば……。

 つまりウルハラの言葉を翻訳すると、血界が破れていたから通れた――ってことだ。


「だけど、血界の中でも強力な祖国血界が破れているわけがないだろう?」

「ところがどっこい、地上のほうは破れてなくても地下の血界はどうかな?」

「そんなことって」


 ウシュットガルドの国境付近から穴を掘り、ラブラッドの祖国結界の真下を通って侵入したというのか。


「でも、血界は国を球体上に囲んでいるから地下からの侵入もできないはずじゃ……」

「ここ最近は人間党による血税反対運動が起こっていただろう? そのせいで血が足りねえから血界が弱まってる――って、誰も言ってなかったぜ」


 誰も言ってなかった。つまりは誰かがそう言っていた。

 要するに、ウシュットガルドに情報をリークしていた裏切り者がラブラッドにいるということだ。

 吸血鬼排斥運動を立ち上げて積極的に活動しているのはひとつのグループしかない。

 人間党だ。

 その党員の中にウシュットガルドと繋がっている人物がいる可能性が高い。そいつが国内に人狼を手引きしたに違いない。明日には政府による人間党弾圧が迫っていた。そしてこのタイミングでのウシュットガルドによるラブラッド侵攻。けして偶然ではないのだろう。


「ウルハラ、スパイは誰だ?」

「カッ、言うわけねえだろ」


 ウルハラは肉球の両手を広げてすっとぼけた。


「そいつは人間党と太陽党、そして百鬼夜教とのトリプルスパイだなんて……言うわけがねえ」

「まるごと言ってんじゃん!」

「おう、しまった!」


 ウルハラは牙ののぞく長い口に手を添えた。


「さてはウルハラ、嘘を吐きすぎて何が嘘か本当かわからなくなってるんじゃないのか?」

「う、うるせえくない!」


 図星かよ。

 人間党と百鬼夜教、そして太陽党にまでスパイの魔の手が伸びているのか。厄介だ。ちなみに太陽党とは太陽の一族が創設した現与党である。上曜下曜からなり、千年は続く歴史のある政党だ。

 閑話休題。

 地上から見ただけでは地下の血界が破れていることに気づけなかったのはラブラッド側の落ち度だ。ウシュットガルド側はあえて日中を狙って攻め入ったのだろう。血液不足かつ、日光による吸血鬼の弱体化は免れない。


「まあこのラブラッドの情勢なんざ、俺様は興味ねえぜ」


 ウルハラは開き直った。


「この日のために何年も前から着々と準備を進めてたんだぜ。龍谷の森の国境付近に穴を掘り、地下坑道を建設してな。それには坑道造りのプロであるゴブリンを使った」

「ゴブリン?」

「金山銀山で採掘する子鬼たちさ。奴らは守銭奴でな、金さえ折り合えつけば何でもするぜ。世界中の地下に坑道が掘られてるって都市伝説もあるくらいだ」


 しかし、祖国血界を突破しても天然の要塞である龍谷の森があるはずだ。


「きみたちは、あの人外魔境である龍谷の森を越えたっていうのか?」

「あったりめえよ」


 ウルハラは犬歯をのぞかせて笑う。そして立て続けに衝撃的な告白をする。


「なぜなら龍谷の森は、本来は俺様たち人狼のもんだったんだからな」

「なんだって?」

「元々人狼族は龍谷の森に棲んでいた。龍地主りゅうじぬしの下、使者として森の平穏を守っていたんだぜ。それを人間と吸血鬼に追い出された。あろうことか奴らは森にマグマを放ちやがった」

「マグマ?」


 おそらくは火を放ったと言いたいのだろう。

 真逆のことじゃなくて誇張するタイプの嘘も吐くのか。

 ホントややこしいな。


「龍谷の森で上がった炎が第5次青春せいしゅん戦争の狼煙となった。もちろん数多くの同胞が焼け死んだぜ」


 マグマのような山火事。それはあながち嘘でもないのかもしれなかった。

 太陽が燦々と照りつける。僕の頬がジュウジュウとステーキを焼いたように焦げ始めた。僕は腰に差したリュウコツヒガサを開き、日光を防いだ。


「かわいそうにな。チビ吸血鬼」


 ウルハラは同情するように言う。


「おちおち日光浴もできねえ、不便な身体だ」

「別に。雨が降ってなくても傘を差せるから楽しいもんさ」

「大人なこって」


 虚言のような嫌味だ。

 いや、嫌味のような虚言なのかな?

 まあどっちでも同じことか。


「くだらねえ茶話は愉快だなぁ、おい」


 とても愉快そうには見えない。

 ウルハラは拳を鳴らして戦闘態勢に入った。


「だが、平和終了だ」


 人狼語を翻訳すると、戦争開始というわけだ。

 ウシュットガルドも一枚岩ではない点や兵站の都合から、おそらく短期決戦を望んでいるはずだ。要するに人狼による電撃戦。ここで僕が彼を食い止める。僕は日傘を差しながら腰を落として構えた。

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