第15話 血能
あたしは戦場にいた。
自分の足で立っていた。
道はグジュグジュとトマトジュースの海。白いフリフリの靴下はケチャップまみれ。おでこ靴のストラップベルトにあしらわれた青いリボンも死んでいる。お気に入りの靴なのに。
無性にイライラする。
触れるものすべてを傷つけたい。
さらにイラつくことにヴァンパイア陣営が劣勢を強いられていることよ。所詮は民間軍人である。現役軍人は町中に展開した
ヴァンパイアは死んでも死なない。でも、死ぬときは死ぬ。たとえば直射日光に当たるとかね。太陽の下ではヴァンパイアはチョコレートみたいなものよ。
とはいえ、今は目の前のへっぽこウルフどもを片付けなくてはならないわ。
バカシオに押し付けられてしまったんだから。
あたしはとあるライカンと視殺戦を交わす。赫い瞳と黒い瞳がぶつかり合った。その人狼執事は顔や身体が肥大化したせいで丸眼鏡が小さく見える。燕尾服もところどころ破けていた。
「やはりこの姿は好きになれませんね。せっかくの燕尾服が台無しです」
甲冑姿の人狼に紛れてひとりだけ燕尾服なのがそもそも悪くない?
「わたくしの名前はキョクヤ・アラシです。以後お見知りおきを」
「あっそ。あたしの名前は教えなくていいわよね?」
「釣れないですね」
「てかあんた、さっき盗み聞きしてたでしょ。そのおっきな耳で」
「ええ。クリスマスさん」
鎌をかけてみたらホントに聞こえてやんの。
やな感じ。
さらにあたしは畳みかける。
「あんたたち、何がしたいわけ?」
「白状すると思いますか?」
「ふん、ずばり人質確保でしょう? 人間の血がなければヴァンパイアの戦闘力を削げる」
「当たらずとも遠からずです」
「でもね、ヴァンパイア陣営もそう簡単には落ちないわよ。主要施設には強力な血界が張られてるし、そこに仕えている
こちらに表情を読ませないようにキョクヤは貼り付けたような笑みを浮かべている。
「あんたもバカプリンスに付き合わされて大変ね」
とそこで初めて、その人狼執事は感情らしきものをのぞかせる。
「我が王子を愚弄するとは許せませんね。あのお方は世界を変える革命王です」
「知ったこっちゃないわ」
あたしは笑い飛ばす。
「ご心酔してるところ悪いけどね。こんなやり方で敗戦するほどラブラッドは甘くはないわよ」
「では試してみますか」
そう言った――次の瞬間、キョクヤは瞬間移動した。しかし、あくまでキョクヤは高速移動をしたに過ぎないのだろう。でも、あたしの目には一瞬消えたように見えたのだ。気づいたときにはキョクヤはあたしの目の前に立っていた。どでかい拳が顔面に飛んでくる。
あたしは咄嗟に青い日傘を前方に傾けて防御した。
バキッボヨン! と、日傘の骨が軋みをあげてしなった。傘の内側には拳の形がわかるほどめり込み、そのあとすぐに弾き返す。しかし、その弾き返された反発を利用して何度も日傘の外から拳が連打された。
「隠れてないで出てきてくださいよ!」
最後にキョクヤはひときわ強いパンチを放つ。ついには日傘だけでは衝撃を受け止めきれなくなる。あたしは後方に吹っ飛ばされた。体重が軽いこともあって(ここ重要)数十メートルは飛ばされた。
身体が縦回転するなか、日傘の内側で空気を掴んでなんとか止まることができる。靴底をすり減らしながらビチャビチャとトマトの海に着地する。ピリピリと両手が痺れていた。
「ウルフッコロのくせにやってくれるじゃない」
言いながらあたしはあたりを見回す。
そこはトマト噴水広場だった。広場の中央には円状の噴水エリアが設置されている。しかし、トマトの海が噴水エリアに浸水しており水は真っ赤。毎日12時から噴水ショーが行われているらしいのだが、トマトジュースの噴水ショーはこの日しか見れない。トマト祭りの目玉である。
トマト噴水広場の東の壁には水時計が設置されている。上一列のスプリンクラーのシャワーの落ちるタイミングによって数字を現わすという手法だ。5分おきにスプリンクラーが作動して現在時刻を教えてくれる。水時計の下には植物が植えられており水を弾いていた。
「なにをよそ見しているのですか」
まずい。
またたく間にキョクヤに距離を詰められていた。すかさず骨太な足があたしを刈り取る。
「そんなに見たいのならもっと近くで見たほうがいいですよ。わたくしが手伝って差しあげましょう!」
「――ッ!」
日傘でのガードが間に合わずに、あたしは蹴りを
「子供の吸血鬼など所詮はこんなものでしょう」
丸眼鏡をクイッと押し上げるキョクヤ。キョクヤが歩くたびにピチャピチャッと、トマトの湖に波紋が立つ。
笑っちゃうわ。こんなにも歯が立たないなんて。
あたしってこんな無力だったっけ?
こんな情けない格好をあのバカに見られなくてよかった。見られていたらと思うとサイアク。
あたしは自分で自分を奮起して立ち上がった。水時計を越えてトマトの血の海を踏む。
「さすが吸血鬼。しぶといですね」
キョクヤは冷静に言った。
「クエスチョン。あと何回殺せば、あなたは死にますか?」
あたしはフルシカトして、自身の左手の親指の爪に手をかける。指先が白くなるほど力を込める。それから躊躇なく爪を剥いだ。
「?」
キョクヤは解せないという表情に変わった。
爪の覆っていた親指の甲にポツポツと小さな血の玉がいくつもできる。やがて寄り集まって血の雫となった。あたしは剥いだ親指の爪をトマトの海にポチャンと投げ捨てる。爪を剥ぐことによって身体から血を解き放った。
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます