第二章 青春戦争

第11話 トマト祭り

 僕とアオハルがミニトマ町を闊歩していると、対向からふたつの小さな人影と出くわした。


「あら? 奇遇ね」


 それは見知った顔。もはや因縁の相手となってしまったアリスメリーである。

 イヤミなお嬢様ヴァンパイアだ。

 その隣にはパードナーのたしか……ルノペイン・サクライがいた。彼は無口で影が薄い。黒い装束を纏っている。口許にはパッチリおめめのアイマスク。まさに正体不詳だ。ルノは黒いフリルの青い日傘をアリスメリーに傾けて差している。長い前髪からのぞくのはとぼけた目つきだが、絶対にパードナーを日差しから守るという固い意志を感じる。

 すると、アリスメリーは僕たちの全身をなめ回すように視姦する。


「真っ昼間から相合い傘なんてしちゃって、やーらしーんだー」


 絡まれてもアオハルは無表情である。


「しかも、そっちの灰色の肌と青い目。呪われた血族である太陽一族なんかと一緒なんてね」

「太陽一族?」

「かつて吸血鬼狩りヴァンパイアハンターを生業にしていた一族よ。その忌々しい青い目は命の危険が迫ると青く光る。そして睨まれたが最後、どんなヴァンパイアも灰になってしまうとかね」


 僕はパードナーを窺う。

 アオハルの青い目が小刻みに揺れていた。

 そんなアオハルを見て、僕はここぞとばかりに一歩前に出る。


「人種なんかどうでもいい。むしろそんなことを言ってしまうほうが変態の一族だと思うよ」

「誰がヘンタイですって……?」

「きみ以外にいないよ。ヘンタイメリー」

「あはは。こんなコケにされて黙っていられるほど、あたしは腰抜けじゃないわ」


 そういうとアリスメリーは僕に人差し指を突きつけた。


「こうなったら勝負よ! 負けたほうがヘンタイってことでいいわね!」

「……まあ何でもいいけど。それはそうと、何すんのさ?」

「ふん、いいわ! 付いてきなさい!」


 アリスメリーは腕組みをして大名のように歩く。

 いいかげん彼女にもお灸を据えてやらねばならないと思っていたところだ。いじめっ子は早めに高い鼻を折らないと、どんどんつけあがってしまうのだ。ピノキオみたいに。


「アオハル、もうちょっと付き合って」

「そう」


 というわけで、新調したリュウコツヒガサを差しながら僕たちはアリスメリーに同行する。ミニトマ町の中心街。辿り着いた先では、とある祭りが開催されていた。その道路はたくさんの人でごった返しており賑わっている。近隣のゴシック様式の建物には判を押したようにブルーシートが張られていた。するとカーブした道路の向こうから大きな荷台の真っ赤なトラックが現れた。しかし消防車ではない。荷台の枠は高くとあるものを山盛りに積んでいた。

 それは太陽のように赤く輝いた野菜。

 突如、そのトラックの荷台の赤い山の中から人が飛び出した。噴火するように赤い野菜を道路沿いの人々に投げつけまくる。グチュグチュと野菜が潰れて中身のニュルニュルした種がこぼれ落ちた。

 何を隠そう、今日はトマト祭りである。

 あたりではあっという間にトマト合戦が始まっていた。どうやらこの国でもトマトはトマトらしい。


「上から読んでも下から読んでも異世界に行っても、トマトはトマトってわけね」

「なに言ってんの、あんた?」


 アリスメリーはかわいそうなものでも見るようだった。

 それから腕を組んで言い放つ。


「トマト合戦よ! ルールは簡単、このトマト祭りが終わって立っていたほうが勝ちよ」

「いいよ。望むところだね」


 僕はアリスメリーと睨み合った。

 補足するとこの祭りのトマトは虫に食われたり、熟しすぎて腐ったような廃棄予定のトマトを使用している。重量はなんと200トン。日本人の感覚からすればもったいないと思うかもしれないが水を差すことは言うまい。日本人だって節分で豆を撒くんだから。

 それにこれはトマトを土に還して来年の豊作を願う大事なお祭りだ。

 そんな願いを知ってか知らずか、トマトゾンビたちは仕切りの高い荷台のトマトラックに群がっていた。トマトラックのフロントガラスに思いっきりトマトを投げつける。潰れたトマトがアメーバのようにフロントガラスにへばりつく。ワイパーをクイックイッと作動してトマトをこそぎ落とした。それでも落ちない場合は近隣の水道からホースを引いて水をぶっかける。


「あんな視界不良のなか、よく運転できるな」


 僕は運転手を称えた。目深に被ったキャップ。目許のサングラスが渋くてカッコイイ。

 開催時間が日中ということもあって参加者はやはり人間が多い。そんな人いきれのなかでも、ちらほら日傘を差している吸血鬼もいた。警備員や道路ルートを確保する交通整理の吸血鬼だ。黄色と黒の遮光性カッパを着用してフードまで被っている。サングラスのせいで表情はうかがえない。さらにはトマトを必死に日傘で弾いて応戦していた。高級住宅街のマダムくらい日差しとトマト対策バッチリである。


 僕が祭りの熱気に飲まれていると、アリスメリーの足下にコロコロと一個のトマトが転がってきた。おもむろに彼女はそれを拾う。片手で真上に投げてキャッチするのを何度か繰り返した。トマトを手のひらで弄ぶ。こちらを見てニヤニヤと悪い表情を浮かべていた。そして何の前振りもなく、アリスメリーはトマトを握りしめた手をおおきく振りかぶる。


「隙あり!」


 なにをとち狂ったのかアリスメリーは僕の顔面めがけて、思いっきり手加減なしにトマトを投げつけてきやがった。100マイル越えのトマトが僕のこめかみに直撃する。グチュッとトマトが潰れる音が骨伝導で響く。あるいは潰れたのは僕の脳味噌のほうかもしれなかった。ダラダラと赤い液体が僕の頭部から垂れる。


「なにしてんだ!」

「え? なに怒ってんのよ。もうトマト合戦は始まってるのよ?」

「そうだったの?」


 ならば、しょうがない。

 しかし僕は目許の赤い汁を拭いながら苦言を呈する。


「でもさ、トマトは潰してから投げるのがこの祭りのルールだよ!」

「あっ、そうだったっけ? ソーリーソーリー!」


 謝罪とは裏腹にアリスメリーは硬いトマトを僕に向かって投げ続ける。僕はリュウコツヒガサを差しながら逃げた。表面にトマトがへばりつく。せっかくの新品の日傘が台無しである。

 というかアオハルはどこいった?

 祭りの人混みではぐれてしまったか。


「あんた、血出てるけどだいじょうぶかしら?」

「これはトマトだよ!」


 いや、ホントに血出てるかもしれないけどね。


「でもトマトの内蔵液なわけだからトマトの血とも言えるわよね」

「さっきから血とか言ってるけどさ、それはこの祭りにおいてNGワードだから!」

「やーい! 血まみれバカシオ!」

「やめてよ!」


 なんかそう言いながらもトマトが血に見えてきた。視界が赤く染まる。

 真っ赤な世界。

 僕は前世の最期のトラウマが蘇った。


「うっぷ」


 気持ちわる。僕はその場にうずくまってしまう。日傘を閉じて杖代わりにした。出血多量。フラッシュバック。ブラックアウトならぬ、レッドアウトしたために僕は目を閉じる。しかし目蓋の裏の血管が透けている気がした。頭がクラクラする。ダメだ。

 これは血じゃない。これは血じゃない。これは血じゃない。

 自分に何度も言い聞かせるが効果は薄い。


「あー気絶してんじゃないわよ!」

「……僕は血が怖いんだ」

「はあ? ヴァンパイアが血液恐怖症なんてジョークにもなってないわよ!」


 アリスメリーが僕に駆け寄った――まさにそのとき、僕の意思に反してリュウコツヒガサが開いた。まるで龍の逆鱗に触れたように。日傘の表面についていたトマトの果肉が飛び散る。ビチャッとアリスメリーの顔面にクリーンヒットした。金髪ツインテールが赤髪ツインテールに早変わり。辺りには酸味と青臭い匂いが充満する。

 アリスメリーは尻餅をつく。その瞳からは赤い涙を流していた。


「んぐっしくっしくっ……あたし、トマト嫌いなのに!」

「知らないよ! きみがこの勝負を仕掛けてきたんだろ!」

「うるさい! バカ! バカ! バカ! バカ! バカ! バカ!」


 アリスメリーはご乱心だった。


「だいたい、あんな酸っぱくて中身ニュルニュルで気持ち悪い食べ物のどこがデリシャスなの? ちなみにケチャップならいけるわ」

「いや、知らんけど」


 まあそういうことあるけどね。原材料が一緒でも。

 僕はアリスメリーの気を紛らわせるために参加者が言っていた情報を提供する。


「たしか、12時の鐘と同時にトマト噴水広場のほうで噴水ショーも始まるらしいよ」

「何よ、毎日やってるやつじゃない」

「それが今日は特別のトマトジュース仕様なんだって」

「ふーん。それはちょっと……見たいわね」

「でしょ。だからもう泣かないで」

「泣いてないわ!」


 すると、アリスメリーは今泣いたカラスがもう笑うように機嫌を直して立ち上がった。

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