第8話 初友

 右も左もわからない新入生たちをシッポキャット先生が誘導する。


「一列に並んで新入生から退場してください! 保護者のみなさんも面会したいとは思いますが駐車場に出たのちにお願いします!」


 というわけで新入生たちはシッポキャット先生の後ろに行列を作る。多目的トマトホールを退場した。途中、座席の一番後ろの保護者席には僕の両親とメイド・サエの姿があった。小さく手を振っている。しかし僕は照れくさくてどんな顔をしていいのかわからなかった。多目的トマトホールから退場する。新入生たちがオニバスの並ぶ駐車場にわらわらと躍り出た。


 数時間しか経っていないのにすでに日が暮れ始めていた。

 なんとこのラブラッドでは一日に2回夜が訪れる。約6時間おきに昼夜が入れ替わるのだ。それはこの惑星アストの自転速度が地球よりも2倍速いことを意味している。つまり、この国では便宜的に一日を24時間と定めているが、正確には24時間のうちに2日経過していることになる。だからこそ吸血鬼という種が根付いたのだろう。

 僕はキョロキョロとあたりを見回す。


「アオハルのお父さんとお母さんはどこ?」

「いや、ボクは……」


 アオハルが何かを言いかけた。

 まさにそのとき、ドンと横からとある人物がぶつかってくる。


「あら? バカコンビじゃない。影が薄くて気づかなかったわ!」


 アリスメリーである。その隣にはパードナーと思しき、黒尽くめの少年がいた。瞳のデザインされた。前髪は長く覇気のない目がのぞいている。手に持った黒いフリルのついた青い日傘をアリスメリーの頭上に差していた。

 そのパードナーに構わず、僕はアリスメリーに反論した。


「バカバカうるさいね。それならきみはツインテールバカだよ」

「誰がツインテールバカですって!」

「そんな馬鹿げた髪型をしているのはきみしかいないだろ?」

「あんた、毛根引っこ抜くわよ」


 僕とアリスメリーは睨み合った。オニバスの影に隠れて互いに一歩も引かない状態が続く。

 すると、どこからともなくヒヒーンピョーン! と、大きな影が横から突っ込んできた。アリスメリーに横付けする。僕は後ろに飛び退いて尻餅をつく。

 あやうく轢かれるところだった。

 僕が見上げると、そこには黒い馬車があった。いや、牽引しているのは馬ではない。胴体と前足は馬だが顔が兎である。後ろ足もやけに太く発達している。いうなれば白兎車はくとしゃだ。


「貧乏鬼どもは置いて帰るわよ、ルノ」


 そう言って、アリスメリーはシャドウ・トゥ・シャドウで白兎馬に繋がれた黒い座席に乗り込む。ルノと呼ばれたパードナーも日傘を閉じながらあとに続いた。アリスメリーは車内の遮光カーテンを少し開ける。隙間から僕に向かって閉じたピースのハンドサインで別れを告げてきた。

 うぜえ。

 そして馭者が鞭を叩くと、白兎馬車はヒヒーンピョーン! と、大ジャンプする。校門を軽々と飛び越えてあっという間に見えなくなった。


「つくづく鼻につく」


 こまっしゃくれた娘である。

 吸血貴族という奴だ。

 ブルジョワ帰宅したアリスメリーをよそにまた辺りは喧噪を取り戻す。

 そして今度は僕に声をかけてくる人物が現れた。


「あら、こんなところにいた」

「母」


 母親は胸元のざっくりと空いた派手なパープルドレス姿だった。

 どんな親だ。


「ちょっと派手すぎない?」

「よその家が地味なのよ」


 どうやら自覚なしのようである。

 その母の背後ではサエが真紫の日傘を差している。一方スーツ姿の父は黒い日傘を差していた。


「父とサエも来てくれたんだね」

「当然だろ」

「ソラシオ坊ちゃんの晴れ姿ですから」


 ふたりの答えに僕は頬が熱くなった。

 とそこで、友達を放置していることに僕は気がついた。僕の家族を紹介しようとアオハルを探す。すると、いつの間にかアオハルは遠く離れていた。

 慌てて僕はアオハルを追いかけた。


「ごめんごめん。ちょっと待たせたね」

「別に」


 そっけなくアオハルは答える。

 その表情は夕日にかげってすこし暗かった。おもむろにまた歩き出そうとする。


「ちょっとアオハル、どこ行くの?」


 僕はアオハルの灰色の肌の手を握って引き止めた。


「離して」

「でも……」


 なんとなく僕はこのままアオハルを行かせてはならない気がした。

 夕暮れの逆光。

 顔を背けているので僕からはアオハルの表情はうかがえない。


「あなたには待っている家族がいる。帰る家がある」


 そして唐突にアオハルは告白する。


「ボクの両親は吸血鬼に殺された」

「え?」


 だから吸血鬼が嫌いだと言っていたのか。


「……なんかごめん」

「あなたが殺したの?」

「違うけど」

「なら謝罪はいらない。ただ――何もしないで」


 何もしないで、か……。

 なんか一番言われてきつい言葉かもな。

 好意の反対は憎悪ではなく無関心であるように。善行の反対は悪行ではなく無行為なのかもしれない。


「だから。さようなら。ここで」


 アオハルはそう短く言って、僕の手を振りほどいた。かたく拳を握ってアオハルは夕日の中をひとりで歩いて行った。その先ではシッポキャット先生が手を振って誘導している。


「寮希望の生徒はこちらへどうぞお願いします!」


 数人の新入生たちの中にアオハルは吸い込まれていく。


「あの子は?」


 近付いてきた母親に問われて僕はなんて答えたものかわからなかった。

 僕とあの子の関係性。吸血鬼と人間。転生者と性別不詳者。オニバスの席の隣。

 そしてさんざん迷った挙げ句、僕は答える。


「パードナーだよ」


 そう言うしかないじゃないか。


「あらそう」


 なぜか母はホッとしたように胸をなで下ろした。そして言いづらそうに言う。


「ソラシオ、ごめんね」

「今なぜ、母が謝るの?」


 どうも嫌な予感がするな。

 そんな僕の嫌な予感は的中する。


「実はね、ママとパパ、警察鬼署本部から今朝辞令が来て……転勤になっちゃった。ワオ!」

「……どゆこと?」

「だから転校手続きするなら早いほうがいいかなと思って」


 そういえばこの両親はこう見えて吸血鬼警察ヴァンパイアポリス、いわゆるヴァンポリだった。

 急な転勤はつきものだろう。


「サエには今住んでる家のことは頼むから。ソラシオがこのブラッドレッドに通いたいって言うなら通えるけど……ママとパパたちとは離れ離れになるわ」


 他校で2回目の入学式に出席しろってことか? 今日あったことを忘れて?

 でも本当にそれでいいのか?


「ソラシオはどうしたいの?」

「僕は……」


 答えは決まっていた。

 母からこんなことを尋ねられる前に僕のほうから言うべきだった。


「ごめん。父、母。僕はこの学校に残る」

「そう。それがソラシオの決めたことならママは寂しいけどしょうがないわね。サエ、私たちが留守の間、ソラシオと家のことを頼んだわよ」

「かしこまりました。奥様」


 サエは慇懃いんぎんに頭を下げた。


「でも僕は家には帰らない」

「は?」


 僕の発言に母とサエはポカーンとしていた。

 そんなふたりを置いて、僕は気づけば走り出していた。


「ちょっとソラシオ! どこ行くの!」


 母の心配そうな声を振り切って、僕は親の日傘から飛び出す。駐車場に伸びるオニバスの影を伝いながら、夕日に向かって走る。そしてとある人物の背中の影に追いついた。

 その人物は振り返らずに問う。


「どういうつもり?」

「僕も学生寮で暮らす」

「なんでそこまでして……ボクに付きまとうの?」


 アオハルは意味がわからないというふうに顔を背けた。


「だって、ほら僕たち……もう友達でしょ?」

「今日知り合ったばかり」

「出会ったその日に友達になっちゃいけない校則はないだろう?」


 その僕の言葉を聞いて呆れたようなアオハル。

 逆光によってやはり表情はうかがえない。

 そしてアオハルはいつもの調子で言う。


「どうぞ。お好きに。ボクでよければ」


 そう言って、アオハルはズボンの後ろポケットに手を突っ込みながら気だるそうに歩く。

 それが答えだった。

 僕も置いていかれないようにそのあとを追いかけた。


「青春ね」

「いつの間にか大きくなったもんだ」


 母と父がそんなことを言っていた。


「あたしの坊ちゃんを返せ……」


 とある視線を感じて僕は身震いした。

 たしかにメイドのサエとの二人暮らしは惜しいけど。僕はどうしてもあの子がほっとけないんだ。なんだか前世の自分を見ているようで、さ。


 とっぷりと日が沈む。見たことのない星座が光を結ぶ。選手交代するように赤と青のふたつの月が夜空に輝いた。この惑星には月がふたつある。地球では見られない光景だ。まるでオッドアイである。


 こうして入学式の日、おめでたくも僕の寮暮らしが決まった。

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