第5話 白紙の血液型
「前の席の背中ポケットに血液型記入用紙と万年筆が入っているかと思います。そこに自身の血液型とフルネームを記入してください」
シッポキャット先生の言うとおりアンケートはがきのような用紙が前の座席ポケットに入っている。僕は記入しようして隣を見た。碧眼の子は紙と万年筆を持って固まっている。
「きみ、どうかした? 具合でも悪い?」
首を振る碧眼の子。
「あっ、もしかして字書けないとか?」
新入生なのだからありえる話だ。ちなみに僕は0歳の頃から親に隠れて本を読み漁っていたので、この国の共通言語である『ラブ語』くらいは朝飯前だ。
しかし、碧眼の子はまたもや首を振る。
そしてよく見ればその子の持つ紙には拙いラブ語でフルネームが書かれていた。
「アオハル・スプリング」
この子はアオハルという名前らしい。
しかし、識字の問題でなければ何だろう。たとえ字が書けなくても模写はできる。なのでシンプルにニャッコウの背中に書かれていた血液型を忘れてしまったのか。
僕が何か問いかける前にアオハルのすぐ横に、いつの間にか人影が忍び寄っていた。
例の金髪ツインテール、アリスメリーである。
「あっ、この子、血液型書いてないわ! 白紙よ!」
鬼の首でも取ったようにアリスメリーは騒ぎ立てた。
この女の子、実にオニらしい性格をしている。
すると、それを聞きつけたシッポキャット先生。教壇から降りて座席横の通路階段を昇ってくる。まるで猫のように足音を殺して。僕たちの目と鼻の先まで来るとアオハルを問い詰める。
「スプリングさん、なぜ血液型記入用紙に記入していないのですか?」
「ボクは血を吸われてないから」
「え?」
思わず僕は声を漏らす。あれだけのニャッコウが放たれた空間でありえるのか。教師陣や在校生であればニャッコウを遠ざける事前策を打てるだろうけど。
「嘘ついちゃって、まあ。どうせ忘れたんでしょ」
どこか責めるように言うアリスメリー。
「嘘じゃない」
しかしアオハルは俯いたまま言い分を曲げない。シッポキャット先生は困ったように自身の黒いサンバイザーのツバに触れる。それからアオハルの隣の席である僕に視線を滑らせた。
「隣のあなたはえーっと、グレーウォーカーさん、あなたは隣で見ていてどうでした?」
「たしかにブイブイ……じゃなくて、ニャッコウに吸血はされていなかったかと」
ブイブイが噛みつこうとしていたけど、それも結局は未遂に終わっている。
「そうですか」
すこしシッポキャット先生は考える仕草をしたのち、口を開く。
「ならば他の可能性としてひとつ考えられます。今回用意できなかった血液型がひとつだけ存在するのです。それは――SSR2G型です。あなたの一族に多いとされています」
聞いたこともない血液型だった。それに人種によっても血液型に偏りがあるらしい。しかしひとまずアオハルはそのSSR2G型と診断された。
僕はおずおずと手を挙げる。
「シッポキャット先生、ひとつ質問よろしいですか?」
「なんですか? グレーウォーカーさん?」
「非常に言いづらいのですが、その……ニャッコウが喋ることってあるんでしょうか?」
「あっはっは!」
しかし、そう馬鹿笑いをしたのはアリスメリーだった。
「ウルトラバカじゃないの! ニャッコウが喋るですって! 実に滑稽だわ!」
「本当だよ。だから僕も驚いてる」
「ふん。だったらあんたの名前なんかバカシオがお似合いね」
「誰がバカシオだ。僕はヨシノガリダイキt……」
頭に血が昇ってうっかり前世の名前を言いかけてしまった。
僕は頭を冷やして言い直す。
「僕の名前はソラシオ・グレーウォーカーだ」
「あっそ。バカシオ」
反省したふうもなくアリスメリーは「プププッ」と、ほくそ笑む。
「クリスマスさん。お静かに」
収拾がつかなくなる前にシッポキャット先生がアリスメリーを名指しで注意した。すると笑っていた他の生徒らもスンとおとなしくなる。
「私の知る限りでは、喋るニャッコウは聞いたことがありません。しかし鳥類には人の言葉を真似て啼くものがいます。であれば、喋るニャッコウがいてもおかしくないかもしれませんね」
「くだらない質問に答えていただきありがとうございました」
「いいえ。気になったことがあればまた質問してください。彼の勇気に拍手を」
同情的な拍手が散り散りに鳴り響いていた。
しかし、僕は腹に据えかねている。あれは鳴き真似というよりは会話できていた。
いや、きっと僕の気のせい。錯覚だ。そういうことにしておこう。
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