第2話 吸血鬼転生
僕は死んだ。
――はずだった。
しかし次の瞬間、僕の意識が復活する。霧が晴れたように鮮明に世界と繋がった。すると白くて柔らかい2匹のスライムのような物体に僕は挟まれていた。ポヨンポヨンとマシュマロのようにやわらかく湯たんぽのように温かい。懐かしくもやさしい匂いがする。自然とヨダレが出る。僕がうずめた顔を起こすと、目の前には白い双丘があった。そして絶世の銀髪美女の顔が迫る。どうやら彼女がこの立派な乳房の持ち主らしい。瞳は赤く笑顔の端に鋭い犬歯がのぞく。緩やかな白いワンピースに身を包み、とても大きな体格の女性だ。いや、大きな体格の女性で片付けるには大きすぎる。まるで巨人だ。
「どうちたんでちゅか? おっぱいの時間でちゅよ~」
いや、ちょっと待て。僕は赤ちゃん言葉を操る巨人の女性から離れようと手を伸ばした――その次の瞬間、僕の手が小さかった。ともすれば、もみじよりも小さかった。そこで僕はハタと気づく。僕の体が縮んでいる? それどころか言葉も発せない。
僕が状況を飲み込めずにいると、筆舌に尽くしがたいほどの感覚に身体を支配された。
それを一言で形容するならば――渇き。
僕は砂漠で見つけたオアシスのように本能的に目前の乳房から目が離せなくなった。白い乳房に青緑の血管が透けている。そして僕は桜色の突起にかぶりつく勢いでしゃぶりつく。栄養満点の白濁液が喉を潤して、僕の小さな肉体に活力を取り戻した。
とても信じられないけど、どうやら僕は生まれ変わったらしい。そして今やこの銀髪美女の乳房は期間限定で僕のものといえるのかもしれなかった。
「ゲップ」
僕は転生したにもかかわらずゲップもひとりでできない身体らしい。正直、成長するのが怖い。前世の記憶のせいで、ずっとこのまま不自由の多い生活なのかもしれないと思ってしまう。それになんだか……唐突に強烈な眠気に襲われてきたぞ。大丈夫か、新しい僕。
とそこで、子守部屋にふたりの人物が入室した。ひとりはスーツを着た紳士。黒髪の七三分け。瞳は赫い。その後ろに控えるのはしがないメイドだった。切りそろえられたショートカットに天使の輪っかが載っている。切れ長の黒い瞳は意志の強さを感じさせた。
「あなたとエサ」
片乳をマタニティードレスにおさめながら、銀髪美女は華麗に言い直す。
「――じゃなくてサエ。いいところに来たわね。我が愛しのベイビーがおっぱいを飲んでおねんねの時間なの」
やはり僕はこの銀髪美女と血の繋がった家族らしい。
「サエ、私も絞り尽くされて疲れたの。いいかしら?」
「かしこまりました。奥様」
そう言ったのち、サエは右手でメイド服の襟元を引っ張る。首筋を露出させた。僕を抱えたまま、僕の母親なる人物はその色白のメイドの首筋へとあろうことか噛みついたではないか。犬歯がガブッと突き刺さる。どこかサエは官能的な声を上げる。恍惚とした表情で頬を紅潮させていた。
見目麗しい僕の新しい母親がゴクゴクとメイドの血をガブ飲んでいる?
いったいどんな状況だ。他人ならいざ知らず、授乳中の母親が血を飲んでいたらさすがに赤ん坊でも引くぞ。どんな趣味なのだろう。何かいけないものを見ている気がする。
その後、母親は牙を抜くとサエはたたらを踏む。吸血痕を押さえた。するとサエはメイドスカートの中から取りだした赤黒い鞭を母親に渡して、代わりに僕を受け取った。
「あなた、始めましょうか?」
「お願いします」
何が始まるんです?
僕が疑問に思った次の瞬間、バチーン! と、母親は鞭を父親めがけて振り下ろした。その刹那、目の醒めるような光景が広がる。父親の首が飛んだのだ。比喩でも誇張でもなく。父親の首が宙を舞った。僕は背筋が凍る。血も凍りそうだった。
「あははははは!」
先ほどまでの慈愛に満ちた美女はどこへやら。母親は高笑いをあげている。さらに鞭をしならせていたぶる。父親の両腕、両足が切断された。達磨のようになってしまう。四肢を失った父親はその場に転がる。血の海が部屋いっぱいに広がった。
宙を舞った父親の首は僕を抱えたメイドの元へと転がってくる。驚くべきことにその父親の顔は笑っていた。その笑顔は次の瞬間には無表情に変わり、先ほどの光景が嘘のように胴体から父親は元通りになっていた。顔や切断された四肢はそのまま存在している。そしてまた母親に細切れ肉にされる。
これはもしや、ドSな母親とドMな父親による超絶SMプレイ?
いろんな意味でグロ過ぎるだろ。R100かよ。
さらなる不幸にも僕は血が苦手である。僕でなくてもこんな光景耐えられるわけがない。僕は年甲斐もなく大泣きした。いや、赤ん坊だから適正年齢か。前世で手術中に失血した影響により僕は血がトラウマになっているようだった。
僕の泣き声を聞いて、母親は目の色を変える。ドS女王様から普通の母親の顔に戻った。
「どうちたんでちゅか?」
こっちが聞きたいよ。
しかし言葉にならない僕。
メイドに抱かれる僕を血のついた鞭を持ちながら必死にあやす母親。
勘弁してくれ。めちゃくちゃな夫婦だ。
そこで僕は思い知った。この夫婦は人間ではない。人外なのだと。そしてまた僕も人間ではなくなってしまったのだと。
「あー見えてパパは吸血鬼なんでちゅから大丈夫でちゅよ~。泣かないでくだちゃい」
「バブーブー」
聞き捨てならない。
今なんと言った、この女?
吸血鬼だって?
衝撃の告白に僕は涙が引っ込んでしまったよ。
「ほらソラシオはちゅよい子でちゅね~」
「バブブオ」
ソラシオ。
その名前を聞いた途端、僕は完全に泣きやんだ。どうやらそれがこの世界での僕の新しい名前らしい。目の前の血まみれの両親が僕につけてくれた名前。
つまり僕は吸血鬼として転生したってことか?
白血病により寿命の尽きた僕がまさか吸血鬼になるとはね……。
人生何が起こるかわからないもんだ。
ともあれ、サエは血まみれプレイの部屋の後始末をする。庭で父親の四肢を燃やしていた。僕は母親に抱っこされながら窓からその様子を見守る。
「旦那様の太もも重ッ!」
サエの横顔はどことなく憤怒が滲んでいる気がした。自分の身体の一部が火に焚べられるのを見て、またもや父親は興奮を覚えているようだった。
ドMここに極まれりの変態紳士だ。
こんな父親は嫌だ。
かくして、僕の吸血鬼転生ライフが幕を開けたのだった。
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