第2話

「目を覚ますと男は骨だけになっていた。ってか?」


現状を把握したスケルトンはそのような言葉を吐き出した。


元々人間として生きてきた記憶があるネイホンは目を覚ました時に周囲にモンスターだらけである状態だったが取り乱すことはなかった。それにも理由がある。


ネイホンの生前の職業は勇者。勇者ギルドに現れる異世界に繋がる転移ゲートをくぐり、異世界のモンスターを倒した遺骸や魔素の影響を受けた特殊な鉱物植物を持ち帰ってくるという、鉱夫や狩人の類の仕事だ。

ただあまりにも得体が知れない異世界に飛び込み無謀な戦いを挑み続ける様子から勇者というようにかっこいい名前がついたってだけで偉い仕事じゃあない。汚れ仕事の一つだ。


ネイホンは仕事を基本ソロで受けていた。それも村から出るときに組んでいた地元パーティーで手痛い裏切りを受けてから人と共に仕事をするということに気が向かなかったからだ。


その日も一人で転移ゲートを潜って一人で行動していた。ソロならば警戒して動くのが当然なので他のグループよりすすむのが遅くなる。しかし、この日は焦っていた。前回の探索で運悪くモンスターの群れが向かいくるという状況が起きる。複数方向からのモンスターの群れに対応できなかったネイホンは大怪我を負うも、上級パーティに助けられる。命こそは助かったが、帰還後ネイホンは高額の請求を受ける。法外ではない。上級勇者に助けられるという救助費用に加えて、高価なポーションに与る回復をしてもらったのだ。


「あんな浅い場所に上級勇者だなんておかしい。ポーションだって錬金術が使えるメンバーがいるから自給できるからそんなに価値があるわけじゃない。……はめられたのか?」


気がつこうが、俺一人が騒ぎ立てようが誰も取り合ってくれない。

返済日が刻一刻と近づく中、つい功を焦って強力なモンスターに囲まれてしまう。

今度は誰かの罠というわけではない。

ネイホンはその場で死に絶えるのであった。


長々と語ったが、モンスターに囲まれて生きるというのが日常だったのでこのような奇怪な状況でも平静を保つことができるのだ。


「なんだ、もう喋られる個体がいるとは。」


声をかけてきたのは、顔色の悪い偉丈夫の老人。普通の老人と違うところがあるとすればこめかみから大きなツノが生えている。


「意識は曖昧そうであるが、自意識自体は持ち合わせていそうだ。名はそうだな……」

「ネイホンだ。つけられなくたって元からある。」

「もとから?それは珍しい。」


偉丈夫の老人は動かないように指示をし、不思議そうな顔をしてネイホンの前から立ち去る。そして並んでいる他のモンスターの様子を見て回る。

しばらくすると、周りの寝ていたモンスターたちは全て目を覚ましており、偉丈夫の老人は全員の中央に偉そうな態度で仁王立ちしている。その隣には人狼、ラミア、ワイトにサキュバスとこれまた強そうなモンスターが並んでいる。


「おはよう諸君。私はこの島マグルゼムの長であり学園長でもある。」


ここは島という閉鎖空間で、学園という教育機関であるということが判明する。


「諸君はこの魔界に今期産まれた魔人である。諸君らが魔界に出る前に4年ほどこの島、マグルゼムにて教育を受けてもらう。少なくとも四年間の命は保証しよう。それ以降は知らぬ。」


学園長は懐から試験管のようなガラス容器を取り出そうとした瞬間、「ウォーーー!!!」と大きな声をあげて学園長に飛び掛かる大きな魔人。トロールだろうか。

その瞬間、見逃さなかった講師陣たち。ウルフェンはあごから蹴り上げ、ラミアは潜り込んでトロールの正中線を全て蛇部分で押さえる。ワイトは首に鎌を添えて、サキュバスは頭の上に立ち、精神を操作する術をかけているようだ。サキュバスの操作によってトロールは元の位置にぼんやりと戻る。

皆の思う目算以上の強さを見せつけた前の魔人たちは元のように学園長の側で列をなす。

学園長は自分の説明の段取りが崩されたことに落胆する様子を見せるも、周囲の者を紹介し始める。


「順番が前後するがこの者たちが君らの教育を行う講師たちだ。狼男がウルヘルトだ。」

「ウルヘルトだ。戦闘全般について教える。メインは術を使わぬ戦闘だ。よろしく。」


狼男のウルヘルトは一歩前に出て一つ小さくキレのある会釈をする。


「蛇女ラミアのラミーナだ。」

「ラミーナですので。みなさんには術について教えますよ。よろしくでごぜます。」


ラミーナがウネウネと下半身をうねらせて前に出るとちょこんと頭を下げる。そして垂れた髪の毛をかきあげてから何束か前に戻す。


「ワイトのゲンナロ。」

「ゲンナロだ。社会と歴史を教える。術も教える。分からないことがあれば聞きにこい。」


厳しい鬼の頭蓋の上部を被った黒布の魔人。姿と態度こそは厳しいが言っていることはとても優しいのではないかと思える。


「最後はサキュバスのランシー。」

「ランシーよぉ。術を教えているわぁ。」


セクシーでねっとりした優しそうな声だが、あっさりとした挨拶。サキュバスとしての種族特性なのかそれともキャラ付けなのかを判断する時があるだろう。


「彼ら以外もいるが、おいおい覚えていけばいい。」


学園長は捨てるように言葉を重ねた。その上でもう一度懐からエーテルを取り出す。ようやく彼の説明段階に至ったのだろう。今回は誰も暴走しない。


「生きるうえではこの液体万素であるエーテルが必ず必要となってくる。ただ存在するだけでもこのエーテルを消費しながら生きている。先ほどトロールが暴走したように魔人、魔物皆がこれを欲するようになっている。これを得ることだけが魔人の生きる目的だ。」


人間時代には生きる目的は金だったり、愛だったりとブレる人間が多かった。が、魔人の世界は高く単純で分かりやすい。強くなるにも怠惰に生きるにも激情に任せて生きるにもエーテルが必要であり、死のうと思ったらエーテルを集めなければいいというだけだ。


「学生生活の間は生きる上で必要分のエーテルは学園側から与える。が、それ以上を求むのであれば学園で良い成績を収めることだ。他にも方法はあるが、それは自分で考えて探してみるといい。」


面白そうじゃないか、魔人学園。









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