第3話 あの日は君がいた。

◇◇◇

勇気と陣平

「勇気、ここだ。」

クリーム色の自宅マンション。

門構えもいい家柄なのが想像できた。

「陣平ってお坊ちゃん?」

「親が地位があるってだけだ」

プイとそっぽを向く陣平。

お坊ちゃん発言は禁句だったようだ。


「ただいま」

リビングからだろうか。こちらに来る足音が聞こえた。

俺は陣平の後に玄関に入る。

「お邪魔しま、」

最後まで言いおわる前に、俺はピタッと動きが止まった。


「お帰りなさい。陣平君。」

「ただいま。義姉さん」


昨日、雨の公園で歌っていた彼女、一つシュシュを外しロングヘアを靡かせた。

俺と目があって、彼女はパッと顔を明るくさせた。

「あなた、陣平君のお友達だったの?」

俺は曖昧に頷いて返事をした。

「はい」


この時、僕らの運命の歯車は少しずつ回り始めていたんだ。

◇◇◇


リビングでは勇気と陣平。陣平の義理の姉の梓。母の明日香が座ってた。

「勇気が義姉さんと顔見知りだったとは驚いたな。」

「それは俺もさ。昨日、雨宿りした場所で偶然知り合った人が陣平の家族だったとは、偶然ってあるんだな」

俺は出されたクッキーを手に掴みパクりと口に含む。

サクサクとした感触に自然の甘さが広がる。

「上手い」

梓はその言葉に微笑む。

「ありがとう。勇気君」

こんな風に微笑まれると見惚れてしまう。

(バカか。俺は人妻に)

気を紛らわすように、カップに入れられた紅茶で喉を潤した。

「梓さんは料理も得意なのよ。ところで陣平君、あなたは法学部に通ってるなら将来は?」

明日香の質問に俺はカップを置く。

「はい。俺は警察官になりたいんです」

真っ直ぐに答える勇気に、明日香はにっこりと笑みを浮かべる。

「陣平、いい友達を持ったわね。警察官を目指してるなら純平にも話を聞くといいわ。あの子も警察官だから。」

純平ー...梓さんの夫。

明日香の言葉に、梓は微かに顔色を変えた。

俺は疑問に思ったが無難に返した。

「時間があった時にお伺いしますね」


◇◇◇

陣平の家でクッキーをご馳走になり、他愛もない話を4人でして楽しい一時を過ごした。

帰る時刻、玄関で陣平が口にする。

「今日は家に来てくれてありがとう。」

目を見開いてから、俺はぷっと吹き出した。

「何言ってんだ?友達だろう」

笑ってる俺に目尻を下げる。

また大学でと挨拶をしてから、玄関を出ていく。


陣平の家を出てしばらくした時、後ろから梓が追いかける。

「勇気君ー!」

「梓さん?」

はぁはぁと肩で息をする彼女。

「どうしたんですか、」

「これ」

リボンでラッピングされた袋を手渡される。

「美味しいって褒めてくれたでしょ。クッキー。お家で食べて」

優しい表情で言われて、胸が温かい気持ちになった。

「ありがとうございます。」

「いえいえ」

ふと疑問に思ったことを口にする。

「梓さん、どうして雨の公園で歌ってたんですか?」

自然と漏れた言葉に、彼女は切なげな笑みを浮かべる。

「好きだからかな。誰もいない雨の公園で歌うこと...本当は秘密にしてたのよ?家族には秘密のことだから、でも、昨日は君がいた。」

俺ははにかむように笑う彼女に告げた。

「それなら、俺は梓さんと秘密の共有ですね」

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