第14話 交錯する現実

夜の深さが増す中、斉藤 学は大学の研究室で再びデスクに向かっていた。佐々木 崇から得た情報は限られていたものの、森下 啓の行方不明事件に関しては、依然として解明されていない謎が多く残されていた。斉藤は佐々木の言葉を反芻しながら、森下が行った実験が「量子の迷宮」とどのように結びついているのか、その全貌を解き明かそうとしていた。


森下が最後に使用したプログラムが、現実と並行世界を繋ぐためのものだったという仮説は、斉藤の中で確信に変わりつつあった。しかし、そのプログラムがどのように動作し、どのように「量子の迷宮」を作り出したのかは依然として謎のままだった。


斉藤は、森下が残したデータを解析し続けた。コンピュータのモニターに映し出される数式やグラフが、次第に一つのパターンを示し始めていた。斉藤はそのデータが示す方向性に気付き、冷静さを保ちながらも、心の中に次第に高まる緊張感を感じた。


「これは…時間軸が…?」斉藤はデータの一部に注目した。森下が行った実験では、現実世界の時間と並行世界の時間が交錯している可能性が示唆されていた。森下が「量子の迷宮」と呼んだ現象は、まさにその時間軸の交錯から生じたものかもしれない。


斉藤は椅子に深く座り直し、頭を整理するために一度目を閉じた。彼はすでに、現実と並行世界の間にある時間的な歪みが、すべての謎の核心にあるのではないかという仮説を立てていた。そして、その仮説を元に、次の行動を決定しようとしていた。


「もし、森下君が時間軸の歪みに巻き込まれたのだとしたら…彼を元に戻すためには、同じ現象を再現するしかないのか…?」斉藤は自問しながらも、その答えがどこかで見つかることを期待していた。


その時、研究室の窓がかすかに揺れ、風が入り込んでカーテンが静かに揺れた。斉藤はその音に一瞬気を取られたが、すぐに集中を取り戻し、再びデータの解析に戻った。彼は、データの中に隠された真実を見逃すことなく探し続けた。


「このデータ…」斉藤は突然、目の前の画面に映し出された数値に注目した。それは、森下が消えた瞬間のエネルギー値を示しており、その異常な数値は通常の物理法則では説明できないものだった。斉藤はその数値が、現実と並行世界の接点を示しているのではないかと考えた。


「これだ…!」斉藤はデスクの上に散らばっていた資料をかき集め、データと照らし合わせた。その結果、森下が消えた瞬間に発生したエネルギーが、彼を「量子の迷宮」へと導いた可能性が高いことが分かった。そして、その迷宮がどのようにして形成されたのか、そのプロセスを逆算することで、森下を救い出す方法が見つかるかもしれない。


斉藤はすぐに行動を起こすことに決めた。彼は必要な機材とデータをまとめ、研究室を出て、再び森下が行った実験の現場へと向かう準備を始めた。そこで、同じ条件下で実験を再現し、森下が消えた場所にアクセスするための方法を模索するつもりだった。


だが、その時、不意に頭痛が斉藤を襲った。彼は痛みに耐えながら、額に手を当てて目を閉じた。次の瞬間、視界が歪み、研究室がまるで揺れるような感覚に襲われた。


「これは…一体…?」斉藤は混乱しながらも、何とか意識を保とうとした。しかし、その努力も虚しく、視界はどんどんぼやけていき、ついには完全に暗転してしまった。


次に目を開けた時、斉藤は見知らぬ場所に立っていた。そこは、先ほどまでいた研究室ではなかった。周囲を見回すと、風景は異様な色彩に染まっており、まるで現実ではない夢の中のようだった。


「ここは…どこなんだ…?」斉藤は不安を感じながらも、その場を動かずに周囲を観察した。だが、その場所には何も見当たらなかった。ただ、遠くの方からかすかに森下の声が聞こえてくるような気がした。


「森下君…?」斉藤はその声に向かって歩みを進めようとしたが、足が重く、まるで地面に吸い込まれるような感覚に襲われた。彼は必死にその力に抗いながら、何とか前に進もうとした。


だが、その時、再び強烈な頭痛が斉藤を襲った。彼は耐えきれずにその場に膝をつき、頭を抱えた。その瞬間、耳元で誰かが囁く声が聞こえた。


「戻れ…戻るんだ…」


その声が誰のものかは分からなかったが、斉藤はその言葉に従わなければならないという本能的な恐怖を感じた。彼は力を振り絞って立ち上がり、無理やり視界を戻そうとした。そして、次の瞬間、目の前が再び明るくなり、現実の研究室に戻っていた。


斉藤は息を荒げながら、デスクに手をついて立ち尽くした。何が起こったのか、彼には全く理解できなかった。ただ一つ言えるのは、今しがた体験したことが単なる幻覚ではなく、「量子の迷宮」に近づきすぎた結果であるということだった。


「このままでは…危険だ…」斉藤は自分に言い聞かせながらも、森下を救うためにはこの危険を避けることはできないと感じていた。彼は再びデータに目を戻し、次のステップを考え始めた。


「もう後には引けない…」斉藤は静かに決意を新たにし、今度はしっかりと現実を見据えながら、森下を救うための方法を見つける決意を固めた。

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