もっと上手く

@Rautumn

もっと上手く

 高校に入学してから半年余り。翔吾は自分の冴えない姿に最早呆れていた。中学の頃から勉強は得意な方ではなかった。最近の定期テストでは得意な教科で平均を超えるのがやっとだ。中高と部活はサッカー部で中学時代はエースを張るほどだったが、それは自身の中学が弱小なだけであったと高校で改めて思い知った。自分より上手い人ばかりでポジション争いに敗れ、ついこの間の夏の大会ではスタメンに入ることすらできなかった。翔吾の性格を言い表すならそれは怠惰と言う他なかった。こうした状況を憂いどうにかしたいと思うも、大した改善策があるでもなく、とりあえず行動に移すでもなく、翔吾はまた無為に夜を明かし気乗りのしない学校へと足を運ぶのだった。

 朝、教室に着くとクラスのみんなは必死な顔で英単語帳にかぶりついていた。

「今日って小テストあったけ?」

翔吾が聞くと

「うん、これの106ページから139ページ。僕は昨日見てきてるし貸そうか?」

と仲良しの雅人が言った。雅人は翔吾と出席番号が近く、忘れ物が多かったり何かと先生に当てられたりする彼をいつもフォローしてくれる。とても助かっているし、実際仲は良いのだが、最近卑屈気味の翔吾には雅人の優しさが痛い時がある。それからしばらく、問題のテストの時間だ。このたった10分が翔吾には苦痛だった。

「どんぐらい行けた?」

「さすがに満点。」

「1個ど忘れしたーっ!!」

終了のアラームと同時に教室が声に埋め尽くされた。

(半分も取れてない気がする…最近まともな点取ってないしそろそろ追試の危機だぞ…)

そんなことを翔吾は心の中で呟いた。その後も身の入らない授業が続き放課後になった。今日の練習はパス練とシュート練。トラップが苦手な翔吾は何回かボールをトラックの方に飛ばしてしまった。陸上部の冷たい視線が心に刺さる。シュートも入りはするが、やはりフォワード陣は勢いが違った。すっかり気を落とした翔吾は帰宅後、食事と風呂を済ませ自分の部屋にいた。

 「今日も散々だったなぁ。」

ピロンとスマホの通知がなった。メッセージだ。

雅人:翔吾!明日も小テストあるから気をつけてね!!

「えっ!?テスト明日もあるの!」

驚愕の後、翔吾は肩を落として呟いた。

「勉強もそうだし、部活もそうだし、もっとうまくやれたらなぁ…」

(…俺を呼んだか?)

「!?」

翔吾は再び、今度はさらに驚愕した。そんな翔吾を尻目に頭の中の声はこう続けた。

(こんばんは、もう一人の俺。お前の描く理想の姿が俺を呼んだ。これも何かの縁だ。俺がお前と代わってやろう。)

どれだけ考えても出てくるのは「?」だけだった。疲れてるんだ、夢に違いないと何回も唱え、その日は早々に眠りについた。

 翌日、翔吾は何事もなく目覚めた。やっぱりただの夢だったんだ。もう一度自分に言い聞かせ、今日も学校に向かった。教室に着くとそこには昨日と同じ景色が広がっていた。しかし、翔吾は昨晩の事を忘れようと必死で正直テストどころではなかった。英語の授業の前の休み時間に

(もう追試は確定だな。いいや、もう諦めよう。)

そう独り言を言うと

(なんでそんなことを言う?諦めるな。)

と誰かが声をかけてきた。その独り言は心の中のものだったのに。声を聞いて翔吾は全身を強張らせる。

(そう緊張するなって。そんなにテストが嫌

か?なら安心していい。俺が代わってやる。)

(代わるってどうやって?)

ついに翔吾が声に答えた。

(簡単だ。許可をくれればいい。お前が俺と代わっていいと許可をするだけだ。)

(じゃあ、よろしく…)

次の瞬間翔吾は身体の自由を失った。五感は働いており、周囲の状況は把握できるが指先一つ動かせない。信じられないが本当に声の主と主導権が入れ替わったらしい。

「さて。サクッとやりますか。」

翔吾の口が勝手に開いた。動揺の内にあっという間に休み時間が終わり、今日のテストがやってきた。そこで翔吾は自分の身体を疑った。正しい答えがポンポン浮かんでくる。手が次々と解答を書き入れていく。いつも億劫なテストが今日は半分以上時間を残して終了したのだ。

(こんなんでどうよ?)

その言葉と同時に翔吾は戻ってきた。興奮は冷めやらず、テスト回収の時も少し手が震えていた。それからというもの、その声は翔吾から干渉しない限りは何も言ってこなかった。翔吾自身も追試から一歩遠のき随分喜んだが、やはりズルい気がして無闇にもう一人を頼ろうとはしなかった。再びもう一人に声をかけたのは1週間余りたった練習試合の日だった。

 練習と言うだけあってサブメンバーに経験を積ませるのが目的の一つらしい。翔吾はこの日スタメンになっていた。直前まで自分の力でと息巻いていた彼だったが、この機会を逃したら今度こそ駄目かもしれないと臆病風に吹かれてしまったのだ。時間のない中、頭の中に話しかける。

(おーい、もう一人の僕?テスト助けてくれた人いる?)

(呼んだか?)

(もしかしてサッカーできたりする?)

(別になんだってできるが、どうかしたか?)

(今から試合なんだけど、なんとかして活躍したくて。代われたりする?)

(いいぞ。)

(頼む!)

試合が始まった。翔吾は味方からパスを受けると単身で敵コートに突っ込んで行った。相手選手をもろともせずスルスルと躱して行き、次の瞬間にはもうボールはゴールネットの中だった。普段の翔吾からは考えられない動きに一番驚いていたのは本人だった。その後も翔吾はファインプレーを重ね、気づけば試合は自分たちの圧勝で終わっていた。

(すごい活躍じゃないか!代わってくれてありがとう!もう大丈夫だ。)

翔吾は主導権を取り戻した。そこに顧問の先生がやってきて

「大活躍だったな!ここまで上手くなってるとは思わなかった。今日はお疲れ。これから

も期待してるよ。」

と声をかけてくれた。待ち望んだ活躍と言葉に翔吾は歓喜し、そして箍が外れてしまった。

 練習試合が終わってからの翔吾は色々なことをもう一人の自分にやらせるようになった。そのほうが何かと上手く行くからだ。次第に交代の回数は増え、時間もますます伸びていった。自分ともう一人の境界も曖昧になり、あまつさえ

「僕はこんなにすごいんだ。これが本当の僕なんだ」

とまで自惚れていった。

 ある日の事。昼休み、雅人に話しかけられた時だった。

「翔吾。今みんなで今度の休みにカラオケ行こうって話してたんだけど翔吾もどう?」

行きたいけど最近お金ないしな。ある程度は貯金して置きたいし。そう思った翔吾は

「嬉しいけど今回は……是非!行かせてもら

うよ。」

と答えた。翔吾は何が起きたのか全く理解できなかった。まるで自分の口が勝手に動いたかのようだった。翌日の放課後。部活の前にもそれは起きた。翔吾が運動着に着替え終わった途端、身体は翔吾から主導権を奪い何事もなかったかのように部活を続けた。それからも唐突な交代は続いた。友達と遊ぶ時に、ゲームをする時に、気になってる子と話す時に。犯人は明白だ。翔吾は名状しがたい怒りのような恐怖のような感情に呑まれながも、問い正した。

(な、なんで勝手に代わるんだよ。許可だってしてないじゃないか!)

「何言ってるんだ?あの時認めたろう?『これ(俺)が本当の僕なんだ』って。」

(あ、あれは違うっ!頼む!僕を返してくれ!)

「自分で望んだくせに。安心しなよ。俺の方が上手く翔吾を生きてやる。」

(待っ…)

プツン。という感覚を最後に翔吾は暗闇に放り出された。意識を失い、気がつくと見知らぬ景色が広がっていた。五感は働くが、身体は自由に動かない。どうやらそこは誰かの中のようだ。視界にはその人の生活が映し出された。その人はかなりまめに勉強していた。定期テストでもかなりいい点数を取っていた。しかし、体育の時間になると見ていられなくなった。どうやら勉強は出来るが、運動はてんで駄目らしい。翔吾でももっとうまくやれるのにと思うほどだ。その人はこれがかなりコンプレックスなようで、体育のある日はいつも心が沈んでいた。その日も体育があった。いつものように味方の足を引っ張ってしまいすっかり気を落として家に帰ってきた。自分の部屋に戻り、勉強を始めたその人からふいに独り言が聞こえた。

「もっとうまくやれたらいいのになぁ…」

(…僕を呼んだか?)

もう一人は思わず返事をした。


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