弐章。

第11話 原罪。

 渡したいものがある。癒しを与えたリリスはそう言って、朔夜を自室へ導く。

「これを」

 手渡されたのは、リリス私物のタブレットであった。

「幼い頃から父、霧島大全から聞かされたお伽話を私が文書にして書いたものだ」

「博士は?」

「去年病気で亡くなったよ。ずっと君に、御門朔夜に会いたがってた」

「それってまさか」

「君は並行世界、別の世界線から来たのだろう。父が話してくれたよ。世界を救おうとするヒーローのお伽話を。まさかそれが真実だったなんてね」

 リリスに促されてタブレットへ目を通す。そこには、最初の世界線から始まり霧島大全が病気で死ぬまでを事細かく書かれていた。

 そして、最後に朔夜宛に遺言が記入されている。


 ――朔夜君。君に感謝をしている。娘をもう一度この手で抱きしめる事が出来たのだから。私の命はもう長くない。君がこのルートに立ち寄った時に、少しでも役に立ちたくいくつかの遺品を残していくよ。愛する娘リリスを頼む。


 そこで文書は終わっていた。


「朔夜、君が装備したバトルスーツ、パイルバンカー。百年の眠りにつくミアを発見し、専用アーマードギアの設計。その全て父が君の為に準備したものなんだ。来るべき日の為にね」

 リリスはうっすらと涙を浮かべながらも、そんな亡き父を誇りに思うと胸を張る。


 この状況なら聞ける神威の事を。いやもし彼女が知らないなら、言わなければならない。ジンが何者かを。

「リリス、ジンさんとは?」

「アイツとは決してそんな仲では。誓ってもいい。私は尻軽な女では無い!」

 語気を荒げ否定する。怒るのも当然だ。体を重ねた直後に、相手から浮気を疑われる様なものだ。

「わかってる。お前は俺の女だ!」

「なら何で聞く!」

「ジンは神威了なんだ!」

 リリスは言った。お伽話を聞かされたと。それは即ち、神威の外見を知らないという事。

「うん。知ってるよ。ジンはコードネームだ」

「知っててお前はアイツを側に」

「なら聞くが君は何故、最初の世界線から分岐したルートで出会った父を殺さなかった。理由はそれと同じだよ。神威もそれを気にして、ジンと名乗っているのさ」

「アイツもお伽話を知っているのか」

「うん。私と舞姫、了は兄妹みたいなものだ。幼い頃から私達三人にとって、君はお伽話のヒーローさ。あはははっ、まさか本当にいたなんて昨日までは想像もしてなかったよ」

 朔夜は奥歯を強く噛み締め、もう何も言えない。

 とにかく納得したいのだ。ジンはこちら側だと。

「……あっ」 

 そうだ。ミアは朔夜に反応した。だが零号レプリカは、ジンに全く反応しなかった。

「へへっ。悪ぃなリリス。ジンさんを疑ってよ」

「ふふっ。なら少しジンと親睦を兼ねて、買い物に行ってくれないか」


 買い出し当日。仮面を脱ぎ素顔となったジンが運転する軍用車には、助手席に朔夜。後部席に、髪形を三つ編みからポニーテールへ変えた舞姫が何故か座っている。

 地上からだと機械生命体にいつ狙われるか分からない。その為、地下通路から移動する事になる。それでも道中危険なのは変わらないのだが……。

「舞姫。一緒に来て危なくねぇ」

「ふぇっ。大丈夫ですよ。お兄さん。慣れてますし」

「御門くん。今から行くナルカミシェルターで食料と部品を調達します。整備班の姫がいないと、僕達ではさっぱり」

「へへへ。任せてくだせぇ。お兄さんのアーマードギア見事治してみせましょう」

「その為にわざわざ……感謝するぜ」

「やだなぁ親友でしょわたし達は。マブの為なら当然しょ」

 はふーん。鼻息荒くどやる舞姫がとても可愛い。空き缶くわえて、飼い主に見せつける子犬みたいだ。

「フッ、君は僕達の大切な仲間です。仲間の為なら多少危険でも無茶しますよ。君も同じでしょ。御門くん」

「へへっ。だな」

 和やかな雰囲気でジンとの距離感が縮まる道中、もうすぐ目的地にたどり着く。

「ふぇぇ、ジン兄あれ」

 車のライトが照らすのは、通路一面に散らばるコンクリートの塊であった。

 故意に何者かが置いたわけでは無さそうだ。朔夜は車から降りて懐中電灯で周辺を見渡すと、トンネル内側に亀裂は入り一部窪んでいる箇所がある。あそこから落ちて来たのだ。

 別に珍しい事では無い。戦時中だ。定期的にメンテする為人員を送る暇等無いのだが、何か嫌な予感がする。

「どうすんだジンさん」

「いつもの事とはいえ、これでは車が通れませんね」

「ジン兄、お兄さん。あそこ!」

 トンネルの奥。ナルカミシェルター方面から人影が近づいて来る。

 車のライトがハイビームとなり、朔夜は銃を取り出し構えた。

「た、助けて」

 右足を引きずりながら軍服姿の男が現れる。酷い怪我だ。頭から血を流し、右半身の肉はえぐれ骨が見え黒く焦げている。

「何があった!」

 朔夜は急いで男の元へ駆け寄り体を支えた。


 後部席に男を寝かす。息が荒く乱れた呼吸から死臭を感じる。戦場でいつも嗅いでいる嫌な臭いだ。この感じだと、もう命の蝋燭は長くない。男に何があったのか。冷酷だが蝋燭の炎が消えない間に、情報を仕入れなければ。

「アンタ兵士だな。誰にやられた?」

「……ナルカミシェルターが奴らに……子供達を助け……」

 グルリ。目玉が反転し白眼となる。

「ガバォッッ!」

 顔面を突き破り、血に染まる機械の触手が朔夜に襲いかかった。

 ――ダンッ!

 朔夜は銃の引き金をひき、触手の先端を破壊する。

 躊躇すれば自分達も危険に晒される。迷わず本体が潜む男の顔面へ、弾丸を撃ち込む。

「すまねぇな」

 車内で響く銃声は鎮魂歌を唄い、立ち込める硝煙が戦士を黄泉へ導く。

「カミシマも危険です。姫と御門くんは引き返し、戦いの準備を」

「ジンさんは?」

「このトンネルを封鎖し、ナルカミシェルターに向かいます。僕にとって奴らは原罪でしかない」

「なら俺もだぜ。奴らは両親を殺した憎い敵だ。俺が行く。ジンさんはカミシマで、皆の指揮をしないとよ」

「二人で行って。ナルカミの人達を一人でも多く助けてあげて」

 そう言って舞姫はジンを見て朔夜を見て、後部席で黄泉へ旅だった兵士に視線を送る。

「だな。行こうぜジンさん」

「……わかりました。姫、お願いします」

「うん」

 舞姫はジンの大木を連想させる太い首に飛びつく。小柄な舞姫を、巨漢のジンが軽々と片腕で支えた。二人の体格差もあって、娘を抱っこする父親にしか見えない。彼女も朔夜やリリスと同じで、家族を失ったのだろう。

「生きて帰ってきて。了兄ちゃん。朔夜お兄さん」

「フッ。僕は特級ソルジャー、神威了ですよ。大丈夫」

「おぅ。最強のレッドアームズ神殺しだぜ、俺は。帰ったら遊ぼうぜ」

 舞姫が運転する軍用車がカミシマ方面へ消えるのを確認し、爆弾を仕掛けトンネルを封鎖する。

「これで引き返せません。覚悟決めましたか? 御門くん」

「ヘヘっ。当たり前よ。燃えて来たぜ!」


 トンネルを抜けると人工的に作られた地下空間が現れた。この先を進んで行くと、目的地にたどり着く。ナルカミシェルターへ近づくにつれ、至る所から黄金にキラキラ輝く光線が体に触れ反射する。罠の類では無い、これは日の光だ。

 見上げると、地上から降り注ぐ太陽の輝きが眩しい。

「ムッ。御門くん。これは由々しき事態ですね」

「だな。超ヤバいぜこれ」

 地上から穴を掘りドーム状の地下空間を壊し、そこから機械生命体GODが侵入したのだ。

 この世界線でも、地下施設を見つけるまでGODは進化したのか。

「急ぎましょう」


 シェルターへ着いた二人が見たものは、直径十メートルの巨大な穴が開いた門扉から吹き出す炎と外気へ流れていく黒煙であった。

 朔夜とジンは持って来た装備一式から、黒鋼と白銀のバトルスーツを纏い武器を構えた。

 朔夜の左腕にパイルバンカー。ジンは二メートル近い自らの身長と変わらない斧を両手で握りしめる。

 この炎では中の状況がどうなってるか、確認出来ない。

 二人のバトルスーツは近距離特化型で、偵察型と違いドローンを装備していなかった。

「正面突破ってわけにはいかねぇよな」

 何体機械生命体がいるのか。少なくても門に巨大穴を空けた大型タイプがいる。生き残りを探す前に、こちらが死んでしまう。

 【死】がトリガーとなってルート分岐、新たな並行世界に移動する確信も無いし、自死して試す程愚かでも無い。

 こんな時アーマードギアのボディーを手に入れた、相棒のミアがいてくれたら頼もしいのだが。

「へっ。もがく以外方法はねぇか」

 ――ブゥゥン。

 右側から羽音が聞こえた。視線を動かすとそこにいたのは、昆虫の羽が生えたピラニア型機械生命体であった。


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