第10話 リベンジャーズ。
格納庫内に誰もいない。現状起動しないアーマードギアの修理は、後回しという事だ。
無断で格納庫に来た朔夜を監視カメラは捉えた。雷落ちると覚悟していたが、それもなく黙認されて胸をなで下ろす。
静かな場所だ。昼間騒がしかったから、余計そう感じてしまう。
こんな所で一人お前は寂しくないのかと、専用ハンガーで固定されたギアに朔夜は話しかける。
「あらよっと」
夜目の効く朔夜は薄暗いハンガーの階段を踏み外す事無く駆け上がり、胸部の前で立ち止まる。ここでいいかと、朔夜はあぐらをかいて座りこむ。
「よぉ寝ぼすけ。まだ寝てんのか。昼間は助かったぜ」
ギアの左腕は壊れたままだ。
――させない。
左手に潰されそうになった時、胸部から聞こえてきたあの声は機械少女弎号ミアの声だ。
「まさかこんな所にいたなんてよ。びっくりしたぜ、ミア。お前の新しい体。角尖ってて鬼みたいで格好いいぜ」
前面に大きく突き出した胸部は、ハートマークが浮かび上がるシステムとなっている。この中でミアは百年の長い眠りについているのだろう。
それを見ながら朔夜は思い出す。最初の世界線、始まりの世界での結末を。
*
「あなただけは許さない。御門朔夜!」
「逃げて。お兄ちゃん。タイムホール強制起動。主を元の世界へ」
タイムホールが起動し時空に出来た穴に、朔夜は吸いこまれていく。
気づくと朔夜は、霧島大全のラボにいた。
二〇九九年の神嶋市から、二一九九年のカミシマへ帰って来たのだ。
「作戦は終わったようだね。朔夜くん」
傍観者にでもなったつもりか。当事者が何処か他人事で話しかけてくる。それが朔夜を余計苛つかせた。
「ジジィッッ!」
胸倉を掴んだ瞬間、頭上が激しく揺れた。地震でもおきたか。老朽化したシェルターを支える鉄骨は軋み、金切り声が至る所であがった。
「――旦那様をよくも殺したわね。人類許さない」
復讐に燃える機械音声が天井から降り注ぐ。
レイカは生きていた。百年の長い年月をかけ自己進化自己増殖し、機械生命体GODを産むマザーとして君臨し地上を蹂躙する。
「くそ失敗か。霧島のじじぃ、もう一度だ。もう一度タイムホールで過去へ行く」
神威を撃ち殺した銃を霧島に突きつける。
「そうかそういう事か。ひひひっ。素晴らしい。朔夜くん、君は記憶を上書きして時を超えたのか」
「あっ?」
「そしてこの私は、並行世界を観測する力を手に入れた」
「頭イッちまったか、くそじじぃ」
「ふふっ。話しがそれてしまったタイムホールだったね。残念ながら、この世界線での私は作りだす事が出来なかったよ」
会話の歯車が全くかみ合ってない。霧島は何を言っているんだ。興奮抑えきれないマッドサイエンティストに、違和感を覚えた。
それは間違い探しをしている感覚に近い。
「何か気がついた事あるのかい?」
「!?」
わかった。間違い探しの答えを。
「じじぃ。アンタその足、本物か」
朔夜の記憶では、霧島は片足を失っている。機械生命体によって奪われたのだ。愛する家族と共に。
「ふむ。勿論本物だよ。最初の世界線と違ってね」
「なら家族は」
「妻と娘のリリスは奴らに……私だけが生き残ってしまったよ」
他にないか。確信が欲しい。ここが並行世界だという事を。
「朔夜くん。銃の弾丸を調べて見なさい。私に流れて来た始まりの世界の記録では、それで神威くんを」
そうだ。この銃で神威を撃ったのだ。シリンダーに装填してる弾丸の本数は減ってる筈。
「!」
調べてみると、弾丸は全弾装填されていた。
「なら俺の記憶は本当に、百年前の神嶋からルート分岐した並行世界へ移動したのか」
「そうなる。君は人の理を超えた、時間超越者となったのだ」
「分岐前の俺はどうなった?」
「ここからは推測だがね。未完成のタイムホールでの時間跳躍を往復した君の体は耐えきれず、消滅した。ざっくり言うと死んだのだ」
「ざっくり言わなくていい。納得したぜ」
ミアが強制起動させたタイムホールに呑み込まれ、時空の穴からミアとレイカは爆発し消えたのを見たが逆だ。肉体が爆発し塵となり消滅したのは、朔夜の方だったのだ。
「この記憶の上書きは、アンタの仕業か」
「違う。君の超越者としての記憶と私の傍観者としての記録。我らにこの異能力を与えたのは、時空を操る上位者としか答え様がない。これは呪いだよ。時間移動という禁忌に手を出したね」
朔夜は頭を振り、突きつけていた銃を下ろした。
「八つ当たりして悪かった。この世界線のアンタに罪はねぇよ。霧島博士」
「……がぼっ」
突如霧島は口から血を吐き出した。
「じ、じじいッ!」
常人を超えた朔夜の目が捉えたのは、極細い透明な糸。それが天井から無数に垂れ下がっている。
「こんな所に隠れていたのね」
地上を徘徊する巨大GODが吐き出したレイカの顔した蜘蛛型の機械生命体達は、糸で霧島の首を切り落とす。
「てめぇらぁぁッッ!」
最初の世界線の記憶はそこで幕を閉じる。次に気づいた時、朔夜はスパイ容疑で拘束された世界線にいたのだ。
*
「朔夜、ここにいたのか」
懐中電灯をつけた、ジャージー姿のリリスが隣に腰掛ける。
リリス。この世界線で彼女は生きている。霧島も喜んでいるだろう。
「な、なんだ人の顔をジロジロと。恥ずかしい」
朔夜を信頼し心の扉が開いたのだろう。素の自分を見せている。
「仮面は? 暗視スコープも兼ねてるんだろ」
「さ、朔夜が」
「俺が?」
「うぅ、もういい」
恥ずかしそうな声でモジモジしながら、視線を逸らす。
「なぁリリス。ジンさんから聞いたが、俺の事昔から知ってるのか」
上書きされても、この世界線での記憶を知識として知っている。子供の頃から傭兵として地上で生きて来た為、地下シェルターにいるリリスや霧島と一度も会った事は無い。
「ジンめ! ホントにアイツはもうっ」
ぷんぷんとリリスは呆れ、溜息をつく。
「仲いいんだな」
「い、いやいや」
首をぶんぶんと左右に振り全力で否定する。
「まぁいいや」
「い、いいの!?」
何だコイツは顔の表情がコロコロと。面白ぇ女だなと、朔夜の心はリリスに奪われていく。
こちらに顔を向けるリリスの長い髪に手を差し込む。
「抵抗しねぇの?」
「してほしいのか?」
「へへっ。それは勘弁」
朔夜とリリスは笑い合い顔を近づけた。
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