第9話 英雄。

 体が手足が激しい体力消費の為、痺れている。それでも逃げなければ。生きていれば復讐できる。

「ちいっ」

 それはレイカも同じか。神威の仇を討つ為に、怨嗟は続いていく。

 潰されトマトソースになるその時まで、状況を目に焼き付ける。次の世界線で生き残る為に。

 アドレナリン大量分泌。脳内麻薬の影響からか。時間の流れが、ゆっくりに感じた。

 左掌が迫ってくる。指先に生えた鉤爪。複雑な指間接ジョイントの合わせ目、一つ一つ目視できた。舞姫達現場作業員の、丁寧な仕事がよくわかる。

 すまねぇな。人類を守る為に造られたのに人を殺す兵器にしてしまってと、朔夜は舞姫達とアーマードギアに詫びた。


 ――させない!


 ギアの右拳が左掌を殴った。弾かれた左腕部は千切れ壁をぶち破り、隣の第一格納庫まで吹き飛んだ。


「な、なんだ」

 突然の来訪者に兵士達は目を丸くしている。千切れた左腕部に巻き込まれて、怪我をした者は朔夜が見た感じいない。

 こちらはもう済んだらしく、リリスのお目付役で白銀仮面の男、ジンの指示で水銀ナノマシーンを火炎放射器で焼いている。

「引き続き頼みますよ」

 リリスから状況を聞いたジンは兵士達に後を頼み、朔夜の元へ近づいてくる。


「御門君。無事でよかった」

 ジンは銃をギアに向けながら、朔夜に近づく。

 身長二メートルの長身。胸板は肩幅と変わらない。鍛え上げた肉体は、望まなくても威圧感を与えてしまう。それに反して穏やかで丁寧な口調なので、余計周りに安心感を与え頼れる存在なのだろう。

 似た人物を朔夜は知っている。嫌でも脳裏に思い浮かべてしまう。

 機械少女零号の主に選ばれた神威了を。

 声質も体格も神威としか思えない。

「どうしました、御門君どこか怪我を?」

 ジンは心配そうな声で右手を差し出してくる。この仮面の下に浮かぶ表情を見てみたい。

「……いや何でもねぇ」

 今のこの状況で揉める程、馬鹿じゃない。相手は銃を持っていて危険だ。とりあえず今は大人しく肩を借りるとしよう。素顔を暴くのは準備が整ってからでいい。

「銃を構えなくて大丈夫だ。もうギアは動かねぇ」

 レイカの残滓も消滅し、アーマードギアから魂を感じない。右膝を立てたまま、右拳が左腕部を破壊した体勢で起動停止している。

「終わったのですね。流石は、お嬢のヒーロー」

「俺がリリスの? 会うのは今日が初めてだぜ」

 その言い方では、まるでリリスが朔夜を昔から知っている様ではないか。

 最初の世界線。機械少女リリスシリーズを造りだした霧島大全博士には、亡くなった妻と娘がいた。

 二人は機械生命体に殺され、博士は機械少女を造り娘の銘をつけたのだ。

 あの世界線にリリスはいなかったし、この分岐したルートで朔夜とリリスが出会ったのは今日が初めてであった。

 博士は何処だ。この状況で、あのマッドサイエンティストがいないのは有り得ない。

 ジンに聞いてみるべきか。いや一度リリスで失敗してる。この男はお目付役。彼女に近しい存在。この話題を出すタイミングは今じゃない。

「フッ。僕が言えるのはここまで。お嬢に怒られたくないですから」

 朔夜の訝しがる視線をそう捉え、ジンは薄く笑い肩をすくめる。

「朔夜!」

「ふぇぇん、お兄さぁぁん」

 涙声で名前を呼びながら、リリスと舞姫の二人が走ってくる。

 感情豊かな舞姫は号泣し、朔夜の胸に飛び込む。

 涙と鼻水で服は濡れるが、不快とは決して思わない。寧ろ渇いた心に潤いが満ちていく。こんな気持ちは久々だ。

「朔夜。よかった無事で」

 対照的にリリスは感情を押し殺していた。上に立つ者として、個人的な感情での行動は示しがつかない。それでも腕は落ち着かなく、虚空を彷徨っている。本心は抱きつきたいのが朔夜にバレバレで、可愛いなとつい微笑んでしまう。

「な、なんだ朔夜。人の顔をジロジロ見て笑って」

 真紅の瞳から涙はこぼれ落ちていく。水面に溶ける真珠みたいで、とても綺麗で美しい。

「恥ずかしい」

 泣き顔を隠そうと仮面に手を伸ばした為、朔夜は慌てて止めさせた。

「いじわるだな君は」

 頬を染め柔らかい表情でリリスは笑う。いい笑顔だ。これが素に近い彼女なのだろう。生き残ったかいがあった。

「お、おろっ」

 気を緩めた瞬間、視界がグルグルまわり出す。あれだけの激戦だ。全てを出し切りライフはゼロだ。リリスと舞姫の胸に倒れこんだ。


「救護班、支給こちらへお願いします」

 朦朧とする意識の中、ジンの声が聞こえる。少しの間気を失ってた朔夜は、舞姫の膝枕の上で目を覚ます。

「お嬢、舞姫さん。引き続き彼を頼みます。僕は後始末がありますので」

「お前だけにやらせない。私も」

「今彼に必要なのは貴女達だ。ボインちゃんが側にいる、それだけで男は元気になるものです。でしょ御門君」

「お兄さぁぁん」

「気づいたか。よかった」

「……へへっ」

 本当に神威といるみたいだ。人類軍時代いつもこんな感じで、くだらない話しをしてたものだ。

「だな。俺はボインちゃんも好みだぜ」

「ぶぇぇぇ」

 舞姫は奇声を発して茹でタコになると、朔夜から逃げ出し慌てて胸を隠した。

 ごちん。もの凄くいい音が鳴り、床に頭を打ちつける。ピヨピヨと頭の周りでヒヨコが鳴いた。

「ふぁぁぁ。お兄さぁぁん、ごめんなさーい」

「ジン! お前は朔夜を巻き込むな」

 フェイスガードを開いたジンに、リリスの説教タイムが始まる。未だ朦朧とする意識で見たものは、仮面から覗くジンの素顔。

 銀色の短髪に薄い眉。瞳は右が黒く左が銀色の、特徴的なオッドアイ。

「か、むい」

 間違いない、ジンは神威了。本人であった。


「世話になったな、先生」

「待って。今リリスさん呼ぶから」

「行きたいとこあるんだ」

 治療を終えて朔夜が医務室から出る頃には、時刻は日付を越えていた。頭に包帯を巻いてるが、肉体についた傷はたいした事無い。

「へへっ。流石バトルスーツ様だぜ」

 体力と気力はごっそりそぎ落とされたが、食事と睡眠と癒しで回復するだろう。与えられた自室の寝室には、リリスが待っている。だがその前に行きたい場所があったのだ。

 支給された軍服を肩にかけて通路を歩いてると、夜勤の兵士達やツナギを着た作業員達とすれ違う。

 彼らは昼勤から後始末を引き継ぎ忙しいというのに、朔夜を見ると笑顔で駆け寄ってくる。

 どうやらカミシマシェルターを救ったヒーローとして、温かく受け入れられた様だ。

 雑談を交えた昼間の話しの中で、中島達は墓地に埋葬されたと聞き安堵する。


 朔夜が向かった先は第二格納庫。そこには左腕を欠損したアーマードギアが鎮座していた。


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