第7話 DEADENDからの分岐。

 ――ドクンッ。

 何だ今の記憶は。

 二発目の杭をパイルバンカーに充填する。コアのある胸部に押し当て撃ち込むが体内に潜む隠し腕によって朔夜の上半身を引きちぎられ、絶命する記憶が流れてきた。

「並行世界の記憶かよ。ありがてぇ」

 朔夜は確信する。理由はわからないが、自分は異能力に目覚めたのだ。このルート分岐する能力があれば、人類が産み出した機械生命体という新たなる種を全滅させる事ができる。


 胸部へ押し当てたパイルバンカーを慌てて離し、後方に飛ぶ。刹那、第三の腕が空を切った。

「うしっ!」

 これで分岐した。この世界線は、死を回避した新しいルートだ。

「計算外だわ。わたくしの計算では、貴方の旅は今の攻撃で終わったのに」

 緑色に発光する切れ長の瞳。不気味だ。マネキンだから余計そう感じてしまう。

 レプリカは体から白煙を吐き出し第三の腕以外動けない。油断するな。ここで近づけばルートを変えた意味が無い。

 思い出せ。分岐前の世界で残された蜘蛛の脚は六本。それを使い右手再生。刀。胸部の腕に使った。まだ何かしらを隠していると、考えた方が自然だ。

「朔夜どうした? トラブルか」

 いきなり攻撃を止め後方へ逃げた朔夜を見て、リリスはそう考えたのだろう。

「心配するな。お前の口づけ、しっかり効いてるぜ」

「ば、ばか。この通信はオープンなんだぞ」

「えっ、リリスさぁん。わたしの前で、お兄さんとチュウしたから恥ずかしくないのかと」

「それな!」

 この耳障りのいいノリに、殺伐し渇いた心が潤う。舞姫という美少女はカミシマシェルターのムードメーカーなのだろう。そこにいるだけで癒やされる。

 舞姫とも上手くやっていけそうだ。

「てっきり見られる方がいいのかと、録画しちゃいましたぁ」

「マジか。あとで送ってくれ舞姫ちゃん!」

「がってん承知。えへっ任せてくださいよお兄さん。リリスさんの軍服を白衣に変えてみまっす」

「俺達、親友だぜッ! 舞姫!」

「やめてくれ舞姫、恥ずかしい」

「もがもがぁ」

 舞姫の口を押さえる音が聞こえてくる。

「へへっ。これでまた一つ生きる理由ができたぜ」

 ガシャン。ふくらはぎの装甲から収納されていたジェットノズルとローラーが展開する。

「第二ラウンド開始だ」


 パイルバンカーを構え、噴き出すジェットで走り出す。レプリカの関節ギアが壊れたのは間違いない。次の一手はこれでいく。

 中距離からレプリカを中心にして、周囲をグルグルとまわる。そんな朔夜を目で追う事もせずに、沈黙するのが不気味だ。単純に動けないのか、それとも動かないのか。

 パイルバンカーからワイヤーを撃ち込む。レプリカの肉体に絡みつきロック。そのままの状態で円が描かれ、距離を詰めていく。

 これが最善だ。近づけば近づく程に、ワイヤーは巻かれ肉体へ食い込み自由を奪う。

「うらぁぁ! 喰らいやがれッッ!」

 パイルバンカーのトリガーに指をかけた瞬間、レプリカと目が合った。

「ギィィィヤァァ!」

 顎が大きく外れ、口内から耳を貫く奇声のシャワーが吹きかかる。

 大丈夫だ。死の映像が流れてこない。この攻撃で死ぬ事ない。

 ――ピシッ。

 奇声は空間を震わせ振動波となる。まともに浴びたバトルスーツの表面に無数の亀裂が生じた。

「まだまだまだッッ!」

 外装甲が砕けていく中パイルバンカーを構えるが、ワイヤーもまたダメージを負い根元から切断。支えを失い遠心力で弾け飛ぶ。

 壁にぶち当たり突き破る。転がる先の終着点は、隣の第二格納庫。

 良かった。ここは無人だ。作業員は避難していた。

 レプリカは第三格納庫にいる。この合間に今の状況を把握しないと。


「くそ」

 最悪だ。ヘルメットは機能しておらず、視界不良をおこしている。脱ぎ捨て目視で武装を確認すると、パワードスーツの砕けた外装甲から素体が剥き出しになっていた。

 幸いスーツの機能は最低限だが生きている。

 パイルバンカーはどうだ。杭は無事だが、やはり駆動部に亀裂があった。この状態で撃てるのは一発のみ。本体がもたない。

「燃えてきたぜ」

 カツンカツンカツン。足音が鳴り響く。白銀色のボディスーツを纏ったレプリカが第二格納庫へ近づいてくる。肉体は完全再生していた。

「うふっ、お互いボロボロね」

「よしてくれ。自己再生できる奴に言われたくないぜ」

「あら、そうでもないわよ。今のわたくしは、人と変わらない」

 そう言ってレプリカは、床に転がっている鉄骨を軽々と片手で持ち上げる。

「へっ。おもしれぇ冗談だ。まぁ勝つのは、俺だがな」

 太ももに装備している刀を引き抜く。

 ――ブゥゥゥゥン。

 残像の刃はそのままに、超高速で振動する。超振動ブレードを両手に構えた。

 鉄骨の横一線。刀を縦に向け受け止める間も無く、切断された鉄骨の一部が床に沈む。

「うらぁぁッ!」

 体を屈め重心を低くする。狙いは足だ。この切れ味が凄い刃なら機械生命体でも切断できる。

 右太ももに命中するが浅く、致命傷にはならない。頭上から鉄骨が振り下ろされる。不味い。ヘルメットは脱ぎ捨てた。直撃すれば死ぬ。

「南無三」

 一か八かの賭けだ。前ステップからのローリングで、敢えて距離を詰め後方へ抜け背後をとった。    

 命がけの賭けは、朔夜の勝ちだ。がら空きの背中に、今度こそ杭をぶち込む。

 狙いを定めトリガーを引いた。

 ――キィィン。

 錆びた五寸釘で耳を貫かれ反対側から突き抜けたジュクジュクした粘つく様な痛みが、耳鳴りとなって反響する。

 やったか。耳鳴りに端正な顔をしかめる朔夜が見たものは、胸部に大きく穴があくレプリカの姿であった。


「終わったか……」

 駆動部が砕け壊れたパイルバンカーの安全装置が働き、左腕部は解放される。

「ありがとな」

 朔夜は軽くなった左腕をさすりながら、役目を終え床に佇むパイルバンカーに礼を言う。

「朔夜まだだ。熱源反応がある」

「ちっ。しつけぇな。コアを破壊しただろうが。寝とけよ」

 不味い。武器はブレードしか残されていない。

「うふふふ。コアが胸部にあると思い込んだ、貴方の負けよ」

 人型だから心臓か頭部を狙うだろうと判断したレプリカは、二分の一の確立に賭けたのだ。

「残念ね。賭けはわたくしの勝ち」

 ――斬。レプリカは口角を吊り上げ、手刀で自らの首をはねた。

「なろぉぉっ!」

 刀を振り上げるが、首から飛び出した触手は天井の柱へ絡みつく。

「てめぇ、降りてこい。決着つけるぞ!」

「うふっ。望むところよ」

 そう言ってレプリカは格納庫の天井を伝う。

「駄目だ。朔夜逃げろ。そっちは……」

「あっ?」

 レプリカ零号が向かった先は、沈黙する黒鋼の鎧。

「目覚めなさい。弎号(さんごう)」

 アーマードギアに触手が絡みつく。

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