第5話 誕生。レプリカ零号。

 *

 リリスが見守る中、全ての弾丸を撃ち尽くした。そこまでしなければ中島は動かないと、朔夜は判断したからだ。

 ここが格納庫では無く外ならミサイルやバズーカ等で長距離から攻撃したりと色々選択肢もあるのだが、仕方ない。

 バトルスーツとパイルバンカーを渡せただけでも良しとしようと、リリスは唇を噛む。

「悪いなリリス。あの状態になったら、コアを破壊するしかない。鋼鉄の乙女は諦めてくれ」

「うん、構わない。それも作戦の内だ。共鳴して動き出した第一格納庫の水銀型ナノマシンもそれで止まるから、兵士達の犠牲は最小で済む」

「俺が奴を狩るまで、踏ん張れ。死ぬなと伝えてくれ」


「ひゃっは」

 中島の前脚が頭上から降ってくる。朔夜は腰から短刀を引き抜き攻撃を弾いた。

「ひひひっ」

 攻撃は止まらない。

 前脚は粒が大きい雨となり、朔夜の体へ降り注ぐ。だが濡れない。一滴足らずとも染み込む事は出来ない。

「凄すぎる。こんな戦い見たことないよ」

 朔夜の人並み外れた動体視力と反射神経がなせる技であった。まさに最強と呼ばれるレッドアームズに相応しい戦いである。

 それに対して中島は焦る様子もなく逆さまの顔は、生前と同じ表情で不気味に笑っていた。

「ちっ。意外と早ぇな」

 刃こぼれが酷い。朔夜は不良品を選んだ訳では無く、攻撃を受け続けて一瞬で消耗してしまったのだ。


「朔夜!」

「心配するなリリス」

 刃こぼれした短刀をそのままに、未だ一滴すらバトルスーツは濡れてない。

「もう済んだ」

 雨は止んだ、前脚四本全ての動きが停止する。

「う、うへっ」

 不思議そうに自分の動かなかった前脚を見る中島は、瞬時に原因を探り出す。

「か、関節ギアが砕けたぁ」

「へへっ、第一ラウンドは引き分けだぜ」

 短刀は原形をとどめる事は出来ず、持ち手を残し崩れていく。

 どんなに硬い装甲でも動く限り、必ず繫ぎ目は存在する。生物を模した機械生命体なら尚更だ。朔夜は防御すると同時に、駆動する関節部分を攻撃していたのだ。

「つ、強い。これがレッドアームズ、特級ソルジャー御門朔夜の力」

 機械生命体と戦う事は死を意味する。いくらバトルスーツを装着していても、勝敗の確率が少し上昇するだけで死のリスクは変わらない。

 それなのに、朔夜というリリスより年下の少年は目の前でリスクを吹き飛ばす。

「信じようか、父様。生前散々聞かされた与太話を」

 ボソリと誰にも聞こえない声でリリスは呟き、目の前に映るヒーローへ熱い眼差しを注いだ。

「ぐへへ」

 中島の動きが変わった。

 朔夜の実力を理解し、攻撃パターンが変化する。

 残された六本脚で素早く後方へ移動しながら、背中のカバーが開いた。

「ちぃっ! マジかあの野郎」

 白銀に光る砲身が飛び出した。格納庫でこれ以上火器を使いたくないと、パワードスーツに標準装備の強力な銃火器を使わない様にしてる朔夜の想いに反して、中島の選択は無情である。

 人間を殺す事が機械生命体に与えられたプログラム。むしろこんな密閉された地下施設で火器を放てばどうなるか。それを想像しただけで、中島のドラッグ漬けの脳みそは快楽の津波にのみ込まれとろけるだろう。

「うへへ。皆殺しぃぃい」

 朔夜一人に構うよりも、破壊活動した方が多くの人間を殺せると、鋼鉄の乙女の指令のままに動きだす。

 連射する弾丸は四方八方へ広がっていく。反響音が鳴り響き、リリスはスピーカーから耳を離し顔をしかめた。

 耳鳴りするリリスがモニター越しに見えたものは破壊された第三格納庫では無く、モニターから見てるだけでも、むせそうになる充満した硝煙であった。

 火花に反応し天井から消火剤が降り注ぐ。少しずつ視界がクリアになっていく第三格納庫は全くの無傷であった。


 朔夜は無事か。食いつくようにモニターを見つめる。そこには中島目がけて、右腕を突き出している朔夜がいた。

 パワードスーツの右腕部から砲身が飛び出し、先端は硝煙に包まれている。

「君って人は……」

 キュンと胸が高まっていく。戦闘中だというのに、頬は熱く心がときめいてしまう。

 朔夜は自らの危険をかえりみず中島の放った弾丸を、全て撃ち落としたのだ。

 これで機械生命体のコアである鋼鉄の乙女も分かっただろう。

 御門朔夜を倒さねば、この地下施設は壊せないと。


「うひっ、あ、兄ちゃん助けてくれぇぇ」

 自我を取り戻したのか。中島の瞳からボロボロと黒いオイルが溢れていく。逆さまの為、頬では無く額に黒いラインが真っすぐ引かれた顔は道化師の様だ。

 助けなければ。中島はもう死刑囚では無く我らの仲間なのだから。今までの朔夜の地下施設を護ろうとする行動から見て、きっと彼を助けてくれる筈。だがリリスはこの後の朔夜の選択に、自分がどれだけお花畑で世間知らずかを思い知らされる。


 シュッ。風を切り裂く音が鳴り、ザックリと中島の顔面に朔夜が投げたナイフは深々と突き刺さる。

「ひ、ひでぇ、ぶっ」

 断末魔と共に、中島の瞳孔から光が消えた。

「中島の顔で言葉で語ってるんじゃねぇ。出て来いよ、鋼鉄の乙女」

「な、なんだと朔夜……いやあり得る話か。中島の才能が、深い眠りから彼女を完全に目覚めさせた」


「ホ、ホホ、ホホホ」


 抑揚のない電子音が、停止した機械生命体内部から聞こえてくる。

 まるで壊れかけのレコードだ。何が楽しいのか。音声は【ホ】をひたすらに繰り返す。

 笑っている。バックパックの中にいる鋼鉄の乙女は、明らかに喜びを表現して笑っているのだ。

 ――ジャゴンッ。朔夜はついに、左腕のパイルバンカーのロックを解除する。脅威が身近に迫ろうとしていた。


 *

 聞き覚えがある笑い声だ。朔夜は夢の世界でウンザリする程聞かされた一人の機械少女を思い出す。

 朔夜と同じ特級ソルジャーの男、神威了を旦那様と呼び結ばれる為に過去世界に行きかけおちまでした人工生命体。リリスシリーズ、オリジナル零号レイカと同じ声なのだ。

 笑い声は止み、沈黙する蜘蛛ボディーの尻から白銀色したバックパック(卵)が産み落とされる。体液で汚れたそれはこの時を待ち望み、喜びで殻を揺り動かす。


「うらぁっっ!」

 右手首からワイヤーを飛ばして卵に絡めると、朔夜は大地を蹴った。一気に距離は狭まり、一メートル近い卵の上に飛び移る。

「死ねぇぇぇッッ!」

 左腕を突き出し、パイルバンカーを構えた。

「ウ、タ……撃たせませんわ」

 鋼鉄の乙女はハッキリとそう言うと、殻を突き破った右腕が朔夜の左足首を掴んだ。

 ミシッ。超強い握力に装甲は耐えきれず、亀裂が生じる。このままだと足首は握り潰されてしまう。

「うらぁっっ!」

 右爪先から飛び出した刃で、左手首を切断し朔夜は危機を脱する。

 危なかった。もう少し蹴りが遅ければ、足は千切れていた。パワードスーツの足首も装甲に亀裂が走っただけで、動作に支障はない。

 ――戦える。

 重心を低く左腕を突き出して、構えた。

 メリメリメリメリッ。卵の殻が全て崩れ、産まれたのは美しき女性の姿をした人工生命体。

「鋼鉄の乙女機械少女、レプリカ零号……かよ。やりづれぇな」

「うふっ」

 レイカと同じ顔でレプリカは微笑んだ。


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