第4話 戦闘開始。
リリスから渡されたバトルスーツは初めて見るデザインであった。
見た目はプロテクターがついたレーシングスーツ。色合いからして重そうで動きにくいイメージだが、着てみると予想よりも軽く動きやすい。
汎用タイプでは無いのか。朔夜の体形に馴染んでいた。まるで最初から朔夜の為に造られた様に。
――ドクンッ。
霧島に銃を突きつけた夢の映像が浮かぶ。
『そうかそういう事か。ひひひっ。素晴らしい。朔夜くん、君は記憶を上書……時を――』
「チッ。こんな時に白日夢かよ」
「……朔夜、君は」
「問題ねぇよ。俺はレッドアームズだ。ソルジャーとして仕事は果たす」
そう言って何か言いたそうなリリスを制する。それは自分への戒めでもあった。
――集中だ。塗りつぶせ心を。奴らへの憎悪で。目の前で両親は、巨大機械生命体に踏み潰されたんだッ!
「うん。君を信じよう。武器はどれにする? 残念ながら支給不足でな、使えそうな物があるといいが」
運ばれて来た武器は銃火器がメインだが、足止めにしかならない。
「無いよりマシか」
いくつか手に取り装備していく。
自己修復するGODを確実に殺すには、リリス達が鋼鉄の乙女と呼ぶコアを破壊するしかないのだ。超金属ヒヒロカネ製の武器なら、それも可能だが希少過ぎてやはりここには無いか。
実験場なら万が一に備えて用意しとけよと、朔夜は思うが国の優先順位にここは入ってないのだろう。
「へっ」
フツフツと湧き上がる反骨心。
「上等だ。政府の糞共。生き残ってやるよ。俺は今、猛烈に燃えている!」
「ふぇぇーんリリスさぁん、お待たせしましたぁ」
黒髪の三つ編みを揺らし、パレットを乗せたフォークリフトが爆走してくる。ツナギ姿のメガネをかけた作業員は、朔夜の前にパレットを下ろした。その上にはブールシートに包まれた一メートルの円柱があった。
「朔夜、シート剥がして見てくれ」
「おうっ……!」
中身に目が釘付けになる。口角が自然とつり上がり、朔夜は野性的な笑みを見せた。
「へへっ、人が悪いぜ、リリス。あるじゃねぇか、俺向けの武器が」
鷹の様に鋭い目に映るは、円柱型の濃紺色した近接武器。
この武器は一トン近くあり、生身では流石の朔夜でも扱えない。
バトルスーツを着た状態で、左腕にはめ込み装備する。そこで初めて、この武器は威力を発揮するのだ。
「対GOD用パイルバンカー狂月零式。この時が来るのを予想して、開発していたものさ」
「凄いなリリス」
そう言って朔夜はリリスを褒めるが、見る見る表情が曇っていく。
「いや、私は凄くない」
「リリス?」
また地雷を踏んでしまったか。自信満々であったオーラは今や、消えかけのロウソクの炎だ。
「……すまない朔夜、気を使わせてしまったな。パイルバンカーの杭の先端だけは、ヒヒロカネ製。だが乱用すれば、他の部品が耐えきれなく壊れてしまう」
「燃えるシチュエーションだぜ」
「朔夜」
リリスの両手が頬に触れた。手袋を外した掌は、戦場でも穢れないお姫様の手をしている。とても大切に育てられたのだろう。
踵を上げ、リリスの綺麗な顔が近づいてくる。
唇が重なった。
「戦乙女からの加護だ。ご武運を」
気丈に振る舞うが、頬は紅く染まっていた。
「へへっ」
朔夜はお返しと笑い、リリスの唇を甘く噛む。
ビクッ。体は激しく揺れ力が抜けたリリスは、朔夜の逞しい胸板へ顔を埋める。
「ふにゃぁ。わ、私になにをした」
頬はますます紅く染まり上目づかいの潤んだ瞳で、朔夜を可愛く睨む。
「続きはまた今度だ」
不純な動機だと言われ笑われるかも知れない。だが俄然やる気は高まり、モチベーションも上がりだす。
『リリス先生が、朔夜くんにお注射しちゃうゾ』
『おぉ、先生。遠慮無くやってくれ』
朔夜の脳内では、上半身裸になり逞しい背中を見せる朔夜に、リリスは一メートルある注射器を打っている。
「ふはははは! 最高だ! 最高のシチュエーションだぁぁ!」
「どんな妄想してるかわからないが、君がどういう性格なのかわかってきたよ」
「へへっ、行ってくるぜ」
理由なんてなんだっていい。生きる理由なんて、そう難しく考える事ではないのだから。
朔夜は一対の角が生えたフルフェイス型ヘルメットを被り、フェイスガードを下げた。
「お嬢、第一格納庫も準備出来ました」
護送車に連れられてリリスに初めて会った時、側にいた白銀の仮面を被る長身の男から連絡が入った。
起動実験は失敗してGODの杭に貫かれた被験者達は喰われ、第一格納庫も水銀に汚染されている。
「うん。今私もそっちへ」
「いえ、こちらは僕達に任せて。貴女はそのまま第三格納庫に残り、引き続き御門朔夜くんのフォローを」
「だがジン。それでは周りに示しがつかない」
ジン。それがあの白銀男の名前か。どうやらリリスのお目付役の様だ。
「いいじゃないですかぁ。リリスさぁん」
パイルバンカーを運んで来た、三つ編みのメガネをかけた美少女が親しげに話しかけてくる。
コロコロした子犬みたいで愛らしいと、朔夜はヘルメットの中で微笑む。
「いつも言ってるじゃないですかぁ。このカミシマシェルターでは堅苦しいのやめようってぇ」
ここはカミシマ地区だったのか。地下施設など何処も似た景色で気付かなかった。
「へへっ、そこのかわい子ちゃんの言う通りだ。リリス、俺を見ていろ」
「きゃゃん。ほらほら朔夜お兄さんも言ってるじゃないですかぁ。運命の」
「う、うん。わかったからそれ以上は勘弁だ舞姫。君達の言葉に甘えよう」
「朔夜、準備はいいか」
リリスからの通信に右手を上げて答える。後ろの防護シャッターが閉まり、退路は断たれた。
機械音が鳴り自動で開いていく前方のシャッター。監視ルームからの報告では、バックパックに繋がれた棺桶の中に水銀はいる。中を確認する為の監視カメラには水銀がこびりつき、詳細はわからないそうだ。
格納庫へ踏み込むと静かなものだ。
鋼鉄の乙女が眠るバックパックと、棺桶が沈黙している。
「へへっ、狸眠りやめろや。水銀野郎」
朔夜は背負っていた銃器を構え全ての弾丸尽きるまで、引き金を引く。
狙いはバックパック、鋼鉄の乙女だ。
弾丸は去り硝煙が残したものは、蓋の開いた棺桶と中島の頭を取り込んだ水銀であった。
「うへへへ。俺機械になっちまったぁぁ」
人間や生物、他の機械を喰らう。それは珍しい事ではない。機械生命体はそうやって進化してきたのだ。
逆さまになった中島の頭部を中心に水銀が形造るは、蜘蛛型のGODだ。水銀の量の比例して、人間サイズだがそれでも驚異には変わらない。
蜘蛛は自らの動力源である乙女を護る為、棺桶から飛び出して盾となったのだ。
「うへ」
器用に十本の脚を動かしバックパックを体内に飲み込む。
「殺ス人間ユルサナいぃん」
中島の目が緑色に輝き機械生命体は、朔夜に襲い掛かった。
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