第3話 鋼鉄の乙女。
リリスはミアではない。夢に出てきた機械少女と、目の前にいる女性が別人と理解している。それでも涙で視界が滲む。
「ミア? 君の大切な人の名前かい」
「妹だ」
「妹? 機械生命体に命を奪われた君の家族の中で、ミアという名前はない。たった一人生き残った君は、復讐の為神殺しとなった筈だが」
「ったく。夢を見るんだ。その中でミアも霧島もリリスシリーズを知った。これが全てだ。俺はスパイじゃねぇ」
「……その涙を信じようか、今はね。来てくれ飴をやろう」
気絶する中島は兵士達が別室へ連れて行き、朔夜はリリスと共に薄暗い通路を歩いていく。
こんなに暗くて歩きづらくないのか。朔夜は夜目が利くから問題ない。隣にいるリリスもまたつまずく事無く歩いていた。
「んっ、どうした。そんなに熱い視線を送って」
仮面越しだが、ニヤリと意地悪く笑ってるのがわかる。それだけ自分の素顔に、自信を持っているのだろう。
「へへっ」
朔夜は笑った。そういうタイプが好みだからだ。何故なら自分もそうだから。
神殺しの異名を持つ自分は、最強のソルジャーだと自負している。
謙虚な人は好きではない。
「歩きづらくないのか? 暗いし」
「大丈夫さ。仮面があるからな。この区画にくる者は皆、仮面をかぶる」
トントンと白手袋はめた指先で、仮面を叩く。
なる程。神威のゴーグルと同じ機能がついてるのだ。
「あれだ。御門朔夜」
分厚い鋼鉄の扉が見えてきた。それを守る仮面を被った二人の兵士は、リリスに気づき敬礼する。
「そういう堅苦しいの禁止だと言っただろう。挨拶だけでいいよ。お疲れさま。いつも警備ありがとう」
労いの言葉をかけて、リリスは兵士に敬礼を返す。
「入ってくれ」
リリスは右手袋を外し、掌を扉に触れた。機械音が鳴り、幾重にも施されたロックが外れ扉は開いた。
眩しい光が朔夜を迎えいれた。薄暗い通路と違い照明に照らされたここはモニタールームか。白衣姿の男女数人が手分けして沢山のモニターを監視している。
ここは死刑囚がモルモットになり人体実験する地下施設だったなと、朔夜は改めて気を引き締めた。
GODへの復讐を邪魔するなら、最悪全員殺せばいい。だが聞く耳は持っている。情報が最大の武器だ。今は大人しくリリスの話を聞こう。
「中央メインスクリーンに中島キリヤを」
「はい」
映画館のスクリーンに似た巨大モニターへ最初映し出されたのは、二メートル前後の縦に置かれた棺桶。
次にその中で赤や青、色とりどりのコードが付いた作業用のツナギを着せられた中島の姿が現れた。
「実験協力に感謝する中島キリヤ。これで君は飴を手に入れた。死刑が無罪となり自由だ」
「うへへ。目の前がお星様だらけで綺麗だなぁ」
薬物を打たれたのか、中島の瞳孔は開き、白目に毛細血管が浮かび上がる。
中島の締まりのない口から涎が垂れ流れた。
「死刑が無罪になる。それだけリスクあるんだろ。リリス」
「うん。勿論さ。君はともかくここに送られる死刑囚は、理由も無く味方を背後から撃ち殺す様な輩だ。リスクを背負わなければ、皆納得しない」
他のサブモニターにも、何人かの死刑囚が棺桶の中にいる。
「実験開始だ」
「はい」
リリスの指示でオペレーターは認証コードを打ち込みクリックする。
「――グギャァァッッ!」
次から次へとサブモニターから聞こえてくるは、死刑囚の断末魔。
棺桶内から無数のメタリックシルバーの杭が飛び出し、血飛沫でモニターを真っ赤に汚しトマトケチャップがこびりつく。
「リリス! お前話し違うぞ。コイツら、もう無罪なんだろ!」
「早とちりするなよ、朔夜。中島を見てみろ」
「うへへへ」
中島は無事だ。杭一本飛び出してない。
「他の被験者は起動実験に失敗しただけ。我らの意思では無い」
「なら誰の意志だ」
「直ぐにわかる。次、鋼鉄の乙女と合体開始」
中島がいる棺桶の背後にあるシャッターが開かれ、直立した状態でベルトコンベアに運ばれる。
切り替わるメインスクリーンの画像は、棺桶を追う。まるで製造ラインで組み立てられる機械の様に感じた。
その予感は遠からず的中する。シャッターが次から次へと開き導く先は、巨大な格納庫。ベルトコンベアからマニピュレーターが棺桶を掴む。
「なんだあれ」
朔夜の目に飛び込んで来たのは、黒鋼の城。
五メートルの鎧であった。人の形をしたシンプルな素体が、鎧武者に似た黒い装甲を纏っている。
あんな形したアーマードギア、夢でも見た事ない。
「最新型アーマードギア・D型だ。対神兵器。対巨大機械生命体GODと戦う魔の鎧。君達には【才能】がある」
「あれはGODだろっ!」
「うん。奴らを殺して集めたパーツで、我らの兵器にしたよ。正に悪魔の銘にふさわしい鎧だ」
「へへっ。面白ぇ」
「ふふふ。君ならそういうと思った」
棺桶は鎧を超えて隣の第三格納庫へ運ばれる。そこが地獄の一丁目。目的地であった。
鈍い音がメインスクリーンから響く。ここにいる研究員全員、棺桶へ注目する。一体今から何が起こるのか。
画像の視点は切り替わり、一メートル半のバックパックを映し出す。
「あれはGODから取り出した動力源を加工したものさ。鋼鉄の乙女と呼んでいる。乙女を目覚させるのが今回の目的だよ」
「リリスさん。準備完了」
バックパックから伸びたコードが棺桶に繋がった。
「起動開始」
ランドセルからコードを伝い、GODを構成するナノマシンが棺桶を浸食する。
「うぎゃっっ!」
白銀の杭は、中島を否定する。メインスクリーンにこびりつく血飛沫。研究員達は、「また失敗か」とため息をつき諦めムードがフロアに感染していく。
「みんな、まだ諦めるなよ。いるだろう我らの英雄が!」
リリスはフェイスガードを開き、フロア全体に響き渡る声で皆に問う。
「最強のレッドアームズ、御門朔夜がいる!」
「そうだ」「うん」と感染した諦めという呪いは一転、希望という名の活力へ変わる。
「責任重大だな」
「だがこれが成功すれば、我ら人類は力を手に入れる。奴らを殺す悪魔の力がね」
「お前は名前の通り、俺を地獄へ導く悪魔だな。行くぜリリス、地獄の扉を開けてくれ!」
――ドクン。
突然メインスピーカーから心臓の音が聞こえた。そこだけではない。各モニターからも聞こえ、室内に鼓動が鳴り響く。
「リリスさん見てください」
この状況でも皆、落ち着いていた。寧ろ停滞していた実験に変化が訪れたと上気する者も多数いる。
メインスクリーンに、サブモニター全ての画像も映し出されていく。
起動実験に使われた第一格納庫で協力した元死刑囚達の棺桶から、白銀の水銀が溢れ出し蠢いていた。あれはナノマシンだ。
GODは百年かけて驚くべき速さで、進化を遂げた。増殖し環境に適応する為、自己進化する機械生命体は人類の天敵として、我らに牙をむく。
「どうすんだあれ?」
「大丈夫。それなりに対策はしているさ。朔夜、君にはあちらを頼みたい」
第三格納庫、中島の棺桶からも水銀が溢れている。
「彼には他の元死刑囚と違い、才能があった。眠りにつく鋼鉄の乙女を少しだが揺り動かせる才能がね。それは君もだ、朔夜。自分の彼女にしてみせろ」
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