壱章。

第2話 BADENDからの分岐。

 長い夢を見ていたのか。御門朔夜の意識は、現実を認識するのに時間がかかった。

「ここは何処だ」

 朔夜の腕に手錠がはめられている。特級ソルジャーの証であったバックル型の時計では無く、犯罪者がつけるあの手錠ががっつりとはめられていた。

 隣には同じ様に手錠をかけた痩せた男が、うたた寝している。

 あれは夢? 機械少女ミアと機械生命体GODの根源を断つ為、未完成の時間移動機を使い過去へ行った筈だが。

 それからどうしたか。意識が覚醒するにつれて、記憶は虫に喰われ欠損部は引き出しの中へしまわれていく。

 朔夜は今、座り心地がいいとお世辞にも言えない使い古した車の椅子に拘束されている。何度も修復した後があり、背と尻にむき出しになった骨組みが当たり不快であった。

 記憶ではこの車は、日本人類軍の装甲車だ。腹に響く振動激しいエンジン音は聞こえない事から、何処かで停車中と思われる。

(軍に掴まったのか。俺は)

 心当たりはある。だがあれは夢の話だ。夢の中で過去の神嶋市から戻ってきた朔夜は、霧島に銃を突きつけた。それからは曖昧で覚えてない。

 今何処にいるのか。それだけでも知りたいが、窓に貼ってあるフィルムは景色を遮断する。

「よぉ、あんた一体何したぁ。おれはよぉ敵前逃亡よぉ」

 車内を注意深く観察する朔夜の視線に気づいた痩せた男が、話しかけてきた。


 男は隈が酷く死んだ魚のような目をしていた。こけた頬に、かさつく唇。間違い無く薬物をやっている。

 別に珍しい事ではない。機械生命体との戦いで、精神を壊す兵士達は多い。幸いにも朔夜は一度もやった事はないが、気持ちは理解できた。依存する何かがなければ、心は壊れていく。

 夢で神威は機械少女に心奪われたのも、今なら理解できる。

「おーい聞いてるかぁ兄ちゃん。うへへ」

「なぁ、あんた特級ソルジャーの神威了を知ってるか」

 その質問の答えを聞く前に、車の扉は外から開かれた。

 武装した男の兵士二人と、後方に赤いマントをつけ白銀色のフルフェイス仮面を被り同色バトルスーツ姿の小柄な女性が、腕組みして立っている。腰に帯刀している刀が不気味に輝く。

「でろっ!」

 兵士に銃身を突きつけられ薬物男の目は一瞬険しくなるが、うへへと笑い先に車内から降りていく。

 武装してるとはいえバトルスーツを着てない二人の兵士は、三級ソルジャーすらなれない雑魚だ。

 朔夜も着てないが素手で問題なく倒せる。だが状況確認する為、ここは大人しくしようと素直に朔夜もそれに応じた。

 ブーツが乾いた砂と黒ずむ床を踏みしめ、頭を上げるとそこに空は無く天井があった。やはりこの世界は現実で、朔夜が産まれ育った二一九九年の地下施設であった。


「へぎぃ」「あぎぃ」

 二人の兵士が同時に悲鳴をあげた。敵か。頑なに空を見せない天井から視線を戻し朔夜は身構えると、そこで待っていたのは薬物男から攻撃を受け目と鼻を潰され、のたうちまわる兵士達であった。

 倒したのか。武装してるからと油断していたとはいえ、二人を一瞬で。そんな事が出来るのは、人間離れした身体能力を持つソルジャーか。もしくはそれと同等のスペックを持つ者だけ。

「うへへっ、女だぁぁ」

 舌をデローンと突き出し唾液を垂らす薬物男の新たな獲物は、仮面の女であった。

「ひひひ。肋が美味ぇんだよ肋がぁぁぁ」

「ったく。ジャンキーが」

 薬で頭がイカれてしまい、女を食い物と認識したか。

 車から降りる時にブーツで足下を確認しといて良かった。左足の親指に軽く触れる床のパネルは、老朽化で一部が浮き上がっている。

「あらよっと」

 右足の爪先をパネルのくぼみに食い込ませ、素早く蹴り上げた。

 いくら男のスペックが人間離れしていても、所詮常人。超人と恐れられ羨まれる選ばれしソルジャー。しかも数少ない特級である朔夜には誰もかなわない。

 ギュュンッ。あくまで朔夜の体感だが、パネルは音速に近い速度であっという間に男へ近づくと後頭部へめり込む。一般人なら首が吹き飛んでもおかしくない。

「やべぇ。やり過ぎたか」

「うぎゃっ!」

 男は白目をむき奇声を発し、女に指一つ触れる事無く意識を失い床と口づけを交わした。


「ありがとう。御門朔夜。おかげで貴重なモルモットを殺さずにすんだよ」

 女は帯刀している刀に手を伸ばしていた。

「モルモットだと?」

「気に障ったかい。なら言い直そう。君達は死刑囚だと」

「な、なんだと。俺が一体何をした」

「地上で機械生命体GODを狩る傭兵部隊レッドアームズ。その中心人物が君だ。神殺し、御門朔夜。君は狩りに夢中で決して超えてはいけない某国の国境を超えてしまい、スパイとして捕まり強制送還されたのさ」

「はっ? GODから人類を守る為に、一つになった世界は人類軍を……」

 違う。それは夢の話しか。

「人類軍。そうだね。そうなるといいが、無理だよ。こんな時でも国同士は競って破壊兵器を開発。全てのGODを破壊したあと、世界支配をする為にね」

「馬鹿しかいねぇな」

 思い出した。それが嫌でどの国にも属さない傭兵になったのだ。

「同感だ。国に属する私がいうのもなんだがね。やはり君を選んで良かった」

「そこで伸びてる中島と君は私、暁リリスが選んだモルモットさ」

「リリス……シリーズ」

 その名、その銘を無意識に漏らしてしまう。夢とはいえ、あれだけは忘れない。印象が強く、脳へ強烈に刻まれている。

「今何と言った御門朔夜!」

 仮面の中の声色が変化する。モルモットと揶揄するものの、朔夜に対しては友好的な態度が一転。攻撃的なオーラを纏い、今にも鞘から刀を抜きそうになっている。

 地雷を踏んだらしい。

「すまねぇ。怒らせるつもりは無かった。リリス、あんた霧島大全博士を知ってるのか」

「どうやら君は本当にスパイらしいな。そのあたりは後でゆっくり聞く。我らにとって、君達の才能は貴重なのだ。優先順位は人体実験が先。そのあと生きてれば尋問してやろう」


「へっ。大人しくモルモットになると思うか。起きろ中島」

 中島を蹴飛ばし無理矢理叩き起こす。この男、薬物中毒者だが先ほど兵士二人を倒した。実力はかなりのものだ。

「脱走するぞ。このままだと、俺達は殺される」

「じ、冗談じゃねぇぇ」

 それを聞いて飛び起きた中島は、朔夜達を運んできた装甲車に一人飛び乗るとアクセルを踏んだ。

「おいおいおいっマジか、お前ッッ!」

 朔夜は全速力で向かってくる車の助手席の空いてる窓に、腕を伸ばし掴んだ。

「ミンチひきにくハンバーグゥぅ」

 開いた瞳孔はとっくの昔に正気を失っている。ハンドルはこの騒動でも全く動じない、リリスに向いた。

 朔夜はそれを止めない。正義の味方になりたい。それは今も昔も変わらない。だが正義の味方が人を殺していいのかと、温室育ちの甘ちゃんは言うだろう。

 馬鹿か。地獄を味わえばわかるだろう。どんな善人でも自らの命を守るためなら人を、敵を殺せるのだ。

 リリスは敵だ。朔夜達をモルモットと呼び殺そうとしている。

「いけぇぇ中島ッ!」

「ひひひ。いただきまぁすっっ」

「やれやれ。躾が必要の様だね」

 ため息をついたリリスは刀を引き抜く。

 斬。運転席と助手席の間を一刀両断。

 朔夜は衝撃で吹き飛び、中島は車ごと柱にぶつかり動きを止めた。


 ブゥッッッ。頭から血を流した中島はハンドルに蹲り微動だにしない。クラクションが地下内で響き渡る。

「へへ。とんだじゃじゃ馬だなリリス」

「驚いた。バトルスーツも無しで、あの速度から吹き飛び怪我一つないとは。神殺しの名は伊達じゃないか」

「お嬢。それぐらいで。彼は我らにとって、貴重な存在です」

 リリスと同じ白銀の仮面を被り、バトルスーツを装着した二メートル近い男が、沢山の武装した兵士を連れて近づいてくる。

「何だてめぇ。リリスとのタイマン邪魔すんじゃねぇぞ。てめぇらも敵なら殺す」

 ハッタリではない。地上で機械生命体と戦ってきたレッドアームズが本気なら可能な事だ。それを知っているだろう兵士達はざわつき出す。

「うーん。飴も必要か」

 白銀の男の説得にリリスは刀を鞘に収め、フルフェイスの仮面に手をかけた。

 ロックを外し、フェイスガードをあげると真紅の髪と瞳を持つ美少女が素顔を晒す。

 ――ドクン。

 朔夜の決して動じない心の水面に、波紋が生じる。

 戦時中とは思えぬ程に、白く綺麗な肌。指で触れたらぷにぷにしそうな頬。

 二重まぶたの睫毛は長く、少しだけ垂れる目は愛くるしい。

 形のいい小さな鼻。メイクではなく天然の薄いピンクの唇は、思わず吸いつきそうになる。

 朔夜はその顔に懐かしさと愛おしさを感じてしまい、心奪われ見とれてしまう。

 似ている。朔夜が愛した少女に。その子も朔夜を愛し、愛おしい【兄】を守るために命を神に捧げた。

「……ミア」

 朔夜はリリスを機械少女の名で呼んだ。


 

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