第10話ディノールの決意

「お主よくやったのぉ、初めてにしては見所あるんじゃないか?」


「ここは……俺また死ぬのか!?」


俺は気がつくと薄暗いモヤに包まれた空間の中で凛と向かい合っていた。


「安心せい!!」

「ここは、お主の精神世界とでも言えばいいのかのぉ、お主が妾の名前を呼んだ事によって繋がりを再構築できたんでの、こうして心の中で会話ができるくらいにはなったんじゃ。」


「てっきり名前を呼んだら凛が駆けつけてくれるのかと思ってたけど、あの時は力が溢れてきて何をすればいいかすごいはっきりわかったんだよな……あれなんだったんだ?」


「ふむ、妾の知り得る範囲で教えてやろうかの。」

「まず妾自身についてじゃが、詳しくは言えんが今は身体の自由が聞かぬ故、魂のみで干渉したりしているのが実情だのぉ。」


「魂のみ?凛はこの世界で生きてるんじゃないのか?」


「半分はそうだのぉ、妾とお主は時は違えど、一度元いた世界の大木の根元にて死に、ここの世界に転生しておるのだが、その死んだ経験があるが為にこうして魂の操作や魂に干渉しうる術や技が使えるようになっておるようなんだのぉ。」


「て、ことは俺も凛みたいに魂だけになれたりするのか?」


「妾の見解では可能じゃがメリットがないのぉ、何せお主には自由に動かせる体があるし、魂を抜かれた身体は朽ちたりはせんが無防備になってしまうからの、魔物に食われておしまいというオチだの。」

「妾の身体はある意味安全なところにある故にこのように魂だけでお主のところまで来られているということだの。」


「どうして自由が効かなくなったんだ??」


「簡単にまとめると昔ある戦闘で体に呪いをかけられてしまったと言うべきかの。」


「じゃあその呪いを解くか、なにか他に方法を試せばまた自由に歩き回れるのか?」


「そうだのぉ、傀儡のような身体でもあれば一度憑代にしてしばらくは生活できるのではないかの。」

「正直、今のところは魂だけでも不自由しとらんから焦ることは無いんだがの。」


「って言っても凛は俺くらいしか話がまともにできる相手居ないんじゃないか?」


「グッ……その言い方は語弊もあるから些か不愉快ではあるが正解じゃ、この世界には魔法や精霊術があるというのに霊魂などを知覚出来るやつが殆どおらんようで、お主の言う通り見つけてもらうことすら叶わんのが実際のところだの。」


「そっか、5年も名前を呼べなくてごめんな、死の間際の記憶がぼんやりしてて思い出せなかったんだ。」


「それは致し方ないのぉ、死ぬというのは相当な精神的負荷がかかるから自己防衛のために記憶に蓋をしてしまったんだろうの。」

「にしてもお主、少し変わったかの?」


「そうかな?」


「ああ、前は妾に敬語ではなかったか?それにどこか充実した顔をしておる。」


「確かにそうだったかもな、今は才能もそれなりにあって愛情を沢山くれる家族がいるからそれでかな?ヘヘヘ」


「それは何よりだのぉ、これからはしばらくお主の中に居候させてもらうからの、よろしく頼むぞ。」


「えぇ……まあ仕方ないのかな……。」


「最後にひとつ、さっきの化け物は一体なんだったんだ?」


「それは恐らくお主の父ドーゴンがよく知るところだの。」


「それよりお主、そろそろ目を覚まさんと両親が泣き疲れて倒れるんじゃないかの。」


「それはまずいな、じゃあまた今度ね!!」


「ああ……お主の中から見てるからの、また話したくなったら目を閉じて妾の気配に感覚を集中させるんだの。」


「わかった、ありがとう!!」


そうして心の中で凛に挨拶を済ませ、ゆっくりと目を開けると俺はソニカに膝枕をされる形で仰向けになっおり、二人の涙で服がびしょびしょになっていた。


「お母さん、お父さんもう泣かないで……。」



ハッとした表情で二人が顔を見つめ合いこちらを二度見した。


「俺はもう大丈夫だから、ちょっと全身が痺れてるけど……。」


「それだけで済んでるのが奇跡なくらいだぞディノール。」


「私たちディノが死んじゃったんじゃないかって……。」


俺は一瞬で目を覚ましたつもりだったが、どうやら半日ほどその場で気絶していたらしい。

やたら身体がビリビリと痺れてるのは硬直していたからなのだろうか。


「あの化け物はどうなったの?」


「あいつか……あいつはディノール、お前が塵にしちまったよ。」


「私なんてその場で動けなくてどうしようもなかったのに、ディノはすごいわね……。」


「俺も全滅を覚悟していたくらいだからな、なんせ奴は俺の仲間やみんなを……。」


「あの化け物を知ってるの?」


「ん?あぁ、あいつとは8年くらい前の戦争中に一度出くわしてな、俺以外殺されちまって命かながら逃げた相手なんだ。だからてっきり俺を標的に来たと思ったんだが……。」


「そんなことがあったんだ……。」


「ああ、でも今回あいつは俺じゃなくディノールを最初に攻撃しようとしていた気がするんだ。」


「確かにあいつ俺の真横にいきなり現れたもんね。」

「あいつは魔物なの?聞き取りにくかったけど喋ってたし次元が違う強さだったよね。」


「魔物……魔物とは少し違うかもな、あいつは元人間だって噂もあるんだが出くわしたら大抵のやつはすぐ殺されちまうから、そもそもの噂も少ないんだがな。」


「あれが元人間!?人間が魔物みたいになっちゃうの?」


「すごく稀だがな、魔人化って言うらしい……あいつはその中でもディバインリーパーつまり聖なる死神として恐れられてたんだ。」


「ディバインリーパー?死神なのに神聖なの?」


「ああ、あいつは元聖職者の魔人という噂だからな、ローブと杖は今じゃ禍々しさの象徴になってたがな。」


「まあこれはあいつから逃げた後に戦地で聞いた噂に過ぎないけどな。」



噂……それでもどこかしっくり来てしまうこの噂、禍々しさの化身のようなあの見た目も、元は純白のローブと杖を持った聖職者で、呪いか年月の経過による色々なものの蓄積によって、あのようになった可能性も十分にありそうだ。


「それより聞いていいかディノール?」


「いいけど改まってどうしたの?」


「いやな、お前がさっきディバインリーパーを倒した術はどうやったんだ?」


「あ、えっとね……俺にもよく分からないんだけど、頭の中に情報が流れてきて無我夢中でソウルピュリファイって叫んだら、あんなすごいことになったんだ……。」


我ながら苦しい言い訳だが、一応嘘ではないしそう伝えるしか無かった。

凛の名前を出したところで姿を見せられない手前、余計な混乱を招きかねないからだ。


「無我夢中でか……あんな術初めて見たぞ、魔法でも精霊術でもないように感じたが、ソニカはどう思う?」


「そうね、ディノにはまだまだ秘めた力があるってことなのかしらね……正直なにがなにやらだわ。」


「混乱するのも無理は無い、そういう俺も相当混乱してるからな。」


「とりあえず、お父さんとお母さんが無事で良かったよ!!」


「そうだな、まずはみんなの無事を祝おうっ。」


「そうね、それがいいわねっ。」


そうして俺たち家族は帰路に着くことになったが、俺は痺れで動けずドーゴンは腕を負傷しているということもあり数日かけての帰宅となった。

道中は何故かアースアントの1匹すら出没せずとても安全に帰ってこられた。




数日後、俺の体は全回復していなかった……。


ドーゴンの傷は毎日数回ヒーリングを施し、消毒などをした甲斐があり全快したのだが、俺はヒーリングを受け付けず、その上位の術に当たるハイヒーリングもやはりダメだった。

ある程度の痺れは取れたが、違和感と気だるさ、そして少し痺れが残ってしまい、心配した両親の計らいで街から医者を呼ぶことになった。



トントン


「ごめんください。」


「はーい、今開けまーす。」


どうやら医者の先生が到着したようで、ソニカが応対しているようだ。


「こんにちは、君がディノールくんかな?」


「はいそうです、よろしくお願いします。」


じいさん先生が来る想像をしていたが、実際はドーゴンとさほど歳は変わらない見た目の先生で、かなりメガネの似合う爽やかイケメンだ。

ドーゴンが濃ゆいイケメンなこともあって、この爽やかさは、とても新鮮に感じてしまう。


「礼儀正しいんだね、僕は街で医者をしているデイスという者だからよろしくね。」


顔はイケメン、物腰も柔らかい……100点です!!

決して男が好きではないのだが、男でもイケメンと思ってしまうほどだから、こういう考えが浮かんでも仕方ないだろう。

にしても、この世界はイケメンしか居ないのか?それとも、西洋風の顔立ちだから東洋人だった俺には見分けがつかないだけなのだろうか……。


「じゃあ、ディノールくん服を少しあげるからね、それと口を大きく開けてくれるかな?」


俺はゆっくりバンザイをしながら、口をあーっと大きく開けた。


「んー、風邪では無いから喉や口の周りには異常はないね……心拍は、少し早いね。」


「少しずつ全身を触らせてもらうよ、痛かったら教えてね。」


「仰向けで触れるところは異常無しか……。」


「ディノールくんうつ伏せになってくれるかい?」


「分かりました。」


俺は寝返りをした途端、

「なんだこれ?」

とその場にいた俺以外の全員が、声を揃えて驚いていた。


俺はなんのことか分からずキョトンとした顔で何があったのか聞く。


「なにかあったの?」


「ディノールくんは過去に大ケガ負ったことありましたか?」


俺の質問も虚しくデイス先生は両親に質問をなげかけていた。


「いいえ、頭をぶつけたことは一度あったけど、賢い子だからそれ以外、危なげなく育ちました。」


ソニカがそう口にした後、ドーゴンも続く。


「剣術修練も俺相手だから、ディノールは打ち込まれてることは沢山あったけど背中にそんな跡ができる立ち合いはしてないし、あいつを倒した時も攻撃自体は喰らってなかったと思うぞ。」


「ご両親のふたりが言うなら確かでしょう……。」


「ふーむ、少し違う模様ですが、過去に同じような跡が腕にできた症例を今思い出しました。」


どうやら俺の背中には何かしらの傷跡のような模様が残っているようだ。


「デイス、そりゃ一体どんな?」


呼び捨てか……ドーゴンはデイス先生と親しいのだろうか、それか歳が近いし戦も経験してるとしたら軍医と戦士のような関係だったりしたのだろうか、後で聞けたら聞いてみよう。


「リヒテンベルク図形……確かそういう名前でした、雷か電撃系統の魔法に打たれ運ばれてきた患者さんの症例だったはずです。」


「雷になんてこの子打たれてないわよね、あなた?」


「ああ、とんでもないサンダーは使ってたが打たれたことなんてないぞ?」


「では、この背中の模様はなんなのかですね……。」


「すみません、現状私ではここで手詰まりです。」


「診療所に戻って詳しいことは調べてみますが、力になれるかどうか……。」


「そうか、でもリヒテンベルク図形だったか?それがヒントに、なにかできるかも知れないし助かったよ。」


「あ、その図形について色々と論文を書いていた先生は、当時ラグザ最北のラグザ王立学院に所属していたそうです、国の反対側ですが学院に行けばなにか分かるかもしれませんね。」


「ラグザ王立学院か……遠いな。」


どうやらこの国最北に王立学院があるそうだ、そして、国の反対側にあると言っていたことから、我が家は恐らく一番南の地域にあるのだということが新たにわかった。


「ねえ、確かあの学院て敷地内は学生と受験生しか入れないのよね?」


「そうだったな、受験の送り迎えや在学中の校内で親の同伴すら認めず世間での身分や地位などを持ち込むのを嫌うことで有名だ。」


「それで、ディノを受験させるの?」


「いや、焦って決めない方がいいだろう、確かに受かって学院に入学出来れば、この国の最先端の技術なども利用できるし優秀な生徒ばかりだから治療や修練にはもってこいだが……。」



話を聞くところ王立学院は身分など関係なく能力主義のエリート校のようだ、もし入学が叶えば俺の知らないこの世界の知識が沢山学べるかもしれないということだ。


「ちなみに、次の王立学院の受験開催は4ヶ月後と伺っていますから、向かうなら来週には出発しないと馬車では間に合わない距離ですよ。」


「そうだな、とりあえずこのことは家族で話し合ってみるよ、デイス今日はわざわざ来てくれてありがとう。」


「いえいえ、結局力になれず申し訳ない。」


「では、私はこの辺で失礼させていただきます、ディノールくんお大事にね。」


「ありがとうございます先生!!」


「デイスさん道中お気をつけて……。」


「はい、では……。」


こうして、情報を提供してくれたデイス先生は街に向かって帰って行ったのだった。


俺は服を着直し食卓の椅子に腰掛け両親に向かって話し出した。


「ふたりとも俺、王立学院行ってみたいんだ。」


「ディノール、よく聞いてくれ。」

「この間の戦闘は確かに凄まじかったし、お前が居なきゃみんな死んでいただろう、でもな、街道が整備されているとはいえ遠い道のりを一人で行き、過酷な受験を乗り越えないと行けないんだぞ?それに、受かったらそのまま2年間は必ず寮生活なんだ。」


「確かに、お父さんとお母さんとはいっぱい一緒に過ごしたいし、しばらく離れるのは不安や寂しさもあるけど、身体の異常も治して強くなってこの間みたいな時みんなを確実に守れるくらいに成長したいんだ。」


「だがお前は他所の人間と初めて会ったのは今さっきのデイスなんだぞ……それに……。」


「あなた……止めてもこの子はきっと行ってしまうわ、それなら快く送り出してまた笑顔で会える日を楽しみに待ちましょう?」


「ソニカ……わかった、俺の負けだ。」

「こんなに早く子離れしないと行けないとはな。」


「何も一生会えなくなるわけじゃないわよ。」


「わかっているが、まだ5歳なんだぞ……これから色々俺とソニカで教えてやりたいこともあったのに。」


「仕方ないわ、人生思い通りに行く方が珍しいものっ。」


「……それもそうだな。」


ドーゴンは肩をすくめながらだが、王立学院行きを了承してくれ、ソニカは前向きに全力で応援しているかのように笑顔でこちらを見ている。


「じゃあ、俺行っていいんだね?」


「ああ、だが約束だぞ必ず無事2年間の寮生活を乗り越えてここに帰ってこい、それ以外は父さんは認めんからなっ。」


「あなたったら意地になってるわね……ディノもし辛くなったらすぐ帰ってきても迎え入れてあげるから安心して挑戦しなさい。」


「ありがとうふたりとも!!」


こうして俺は初冒険から数日にして新たな旅立ちを決定したのだった。

この痺れが受験に大きな影響を与えなきゃいいのだが……。

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