05

 陰間茶屋一階。

 五助を真ん中にして夕霧、甘木がいる。


夕霧 そんなの、やっていくうちに覚えるわよ。

甘木 でも、右も左もわからないときは、確かに難しいですよね。

五助 そうなんだよな。百尋はただ数やれば慣れるとしか言わねえし。

甘木 あぁ… 百尋さんは、確かに。

夕霧 でもねえ、教えてくれって言われたって、どうすれば良いのか。実際にお客がいれば手っ取り早いんだけどねえ。

甘木 夕霧さん、さすがにそんなことはできませんよ。

夕霧 わかってるよ。吉原の客と陰間の客の違いくらい。

甘木 でも、確かにそうなんですよね。やりながらじゃないと教えられないっていうか…私たちも、姉様方の仕草を見て学んだので。

五助 ふーん。じゃあ、俺が上手くなるには、百尋がやってるとこを見るのが早いのか。

甘木 そうだと思いますけど…。

夕霧 まあ、難しいだろうね。

五助 じゃ、ちょっと上覗いてくる!


五助が立ち上がるのを察して夕霧が阻止する。

五助、つんのめって転ぶ。


五助 痛え!

夕霧 今はやめときな。あの人、誰かに見られるのを嫌うから、見るなら違う客のときにしないと。

五助 ちぇっ、めんどくせえやつ…。

甘木 しょうがないですよ。でも、百尋さんは本当にすごいです。そんな気難しい人とほとんど毎日一緒にいるのに。

夕霧 そうねえ。私らなんか、百尋の半分も一緒にいないけど、もううんざりだからね。

五助 そう言えば、最近、小日向見ないな?

夕霧 あの子は違うお客に乗り換えてったから、もうここには来ないと思うよ。

五助 そうなのか?

甘木 何でも、身請けのお話も出てきているみたいです。

夕霧 いいわよねえ。それに比べてあの人は、遊女を身請けする気なんてさらさらないんだから。

五助 え?何で?

夕霧 百尋がいるからよ。

甘木 九十さん、百尋さんのことしか考えてませんからね。

夕霧 本当に。私らは所詮、お飾りくらいにしか思われてないんだろうね。

五助 …何者なんだろ。

夕霧 え?

五助 百尋に毎日会えるくらいだから、相当の金持ちなんだろうなって。…まあ、いつも十両足りないらしいけど。

甘木 あぁ…確か、武家の方って言ってた気がします。

夕霧 私が聞いた話だと、高利貸しの次男坊だったけど。

甘木 え?

夕霧 知られたくないんだろうね。

五助 結局わかんねえか。

甘木 でも、百尋さんは知ってそうですよね。

夕霧 かもね。

五助 二人は、相手が嫌いなやつでも抱かれるのか?

夕霧 そりゃね。どうせ私らが売ってるのは一夜の夢。金さえ払ってもらえれば、ってところかな。

甘木 私も、結構しっかり割り切って考えてますね。これはお仕事だからって。

夕霧 そうそう。体は売るけど、心まで売ってるわけじゃないしね。まあでも、そうやってこっちが冷めてると、お客も寄ってこないから、その気にさせるような努力はするけど。

五助 すげえなあ。俺はそれが出来ねえからな。

甘木 でも、それには百尋さん、何も言わないんですよね?

五助 うん、何か、お前はそのままでって。…もしかして俺、馬鹿を売りにしろって言われてんのかな?

夕霧 いいや。それは違うよ。

五助 え?

夕霧 何かを知ったら元には戻れないけど、知る前だったらどうとでもなるからね。知らない方に価値があるんだよ。

五助 んー、同じようなこと言われたけど、よくわかんねえや。

甘木 なるほど…そういうことですか…。

五助 は?何が?

夕霧 甘木は今のでわかっただろう?

甘木 はい。確かに好きな人は多そうです。

五助 え?おい、どういうことだよ?

夕霧 それは知らぬが仏ってね。

甘木 五助さんはそのままでいてくださいね。

五助 は?いや、何でお前らだけわかってんだよ!?俺にも教えろって!

夕霧 おっと。ここから先は、お金を取るよ?

甘木 あ、それが良いですね!タダより怖いものはありませんから。

五助 金は持ってねえんだよなあ。

夕霧 元々は奉公に来てたんだっけ?

五助 そう。でもそこ追い出されてさ。

甘木 小日向さんから聞きました。何度思い出しても面白いですよね。

五助 そうだろ?屋敷の息子より俺の顔が良かったから追い出されたなんて。

夕霧 でも、親としては自分の子を一番にしておきたいだろうからね。だからって追い出すことはないと思うけど。

甘木 許嫁さんがいたのが良くなかったですね。五助さんがいたら、女の子は誰だって惚れちゃいます。

五助 そうなのか?

夕霧 そうだよ。もうちょっと自分の容姿に興味を持ちな。あんたに言い寄られて断る女はいないんだから。

五助 へえ?そんなこと考えたことなかったな。ずっと鬱陶しいとは思ってたけど。

甘木 どうしてですか?もったいない。

五助 この顔のせいで甘く見られることが多かったんだ。からかわれたり、喧嘩ふっかけられたり。それが嫌だったんだけど…。

夕霧 けど?

五助 …ここに来てからは、そうでもない、かな。

甘木 良いことじゃないですか。

夕霧 本当に。故郷に帰ったら、そこの女全員手籠めにしてやるくらいの心持ちでいな。

五助 ははっ、じゃあ、ますます頑張らねえとだな。

甘木 そう言えば、最近うちにも新しい子が来たんですよ。

夕霧 あぁ、お初だろう?小日向がいなくなるからって、無理矢理買い付けたみたい

なんだけど、これがなかなか良い子だから今度連れて来るよ。

五助 …どんな子なんだ?

夕霧 そうだねえ、歳はあんたと同じくらいで、百姓の出だって言ってたけど、顔はそこそこだと思うよ。

甘木 あと、故郷に弟と妹を残してきたって言ってました。まだ小さいから心配だって。

五助 …。

夕霧 どうしたんだい?急に黙って。

五助 …そいつ、俺の知り合いかもしれねえ。

甘木 え?

夕霧 勘違いじゃないのかい?よくある話だろう、口減らしに売られてくるなんて。

五助 そう…かな…。

夕霧 それに、たとえその子があんたの知り合いだとしてもだよ、あんたにはどうすることも出来ないだろう?だったら、知らん顔して放っておくのが一番。考えなけれ

ばいい。

五助 …でも、こんなこと二人に言うのもあれだけど、もしそれが本当に俺の知ってるお初だったら、助けたい。

甘木 …。

夕霧 ま、あんたならそう言うだろうね。

五助 ごめん。でも…。

夕霧 謝ることじゃないよ。好いた女を助けたいと思うのは、男の性だろうね。


 甘木、二階から降りてきた九十に気づく。

 甘木、二人に知らせようとあたふたするが、二人は気づかない。


五助 すっ…!?いや、お初はそんなんじゃ…!

夕霧 隠すことはないよ。あんた嘘つけないだろう?

五助 いや!違うって!これは、その、あいつとは幼馴染だから…!

夕霧 だから、気になって仕方なくて助けたいって思うんだろう?

五助 そうだけど、でも…!


 九十、夕霧と五助の間に割って入るようにして二人の肩に手をかける。


九十 面白そうな話だな?俺も混ぜてもらおうか?

夕霧 …九十様?もうよろしいんですか?

九十 百尋が寝てしまったからな。少し早いが降りて来て正解だった。お前が五助か?

五助 …はい。


 九十、五助の顔を自分に向けさせる。


九十 へえ…悪くない。

五助 それは、どうも…。


九十、五助が言い終わる前に口づけをする。


五助 …!?

九十 どうだ?俺の味は。

五助 …お酒の味がします。

九十 ははっ、違いない。次からはお前を選ぶよ。

五助 …百尋は良いんですか?

九十 百尋に振られた時だ。

五助 それは…お待ちしております。


 九十、五助の頭を撫でる。


九十 帰るぞ。

甘木 …はい。

夕霧 はいはい。


 九十に付き従うように夕霧、甘木去る。

 夕霧、去り際に五助へ。


夕霧 気にしなくて良い。あの人の気紛れさ。


 五助、頷く。

 三人が去った後、百尋が慌てて降りてくる。


百尋 五助!あのクズ見なかった?

五助 …さっき帰った。

百尋 …あいつと会った?何もされてない?大丈夫?


 百尋、五助をぺたぺた触る。


五助 え、おい、何だよ?

百尋 口が滑ったんだ、ごめん。俺としたことが。それで君に迷惑がかかったらいけないと思って。

五助 ふうん?特に何もねえよ?…接吻されたけど。

百尋 嘘でしょ!?あの節操なし!

五助 いやでも、こういうのにも慣れていかねえとだろ?

百尋 あの人は別。あの人のせいで何人も辞める子がいたから。

五助 え?何で?

百尋 これ、見て。


百尋、片袖を脱ぐ。


百尋 あの人、やたら首筋に痕を残したがるんだよ。仕事の時間じゃなくてもね。全部自分のものにしないと気が済まないんだ。だからなるべく俺以外の子には何もしないように見張ってたつもりだったんだけど、やられた。ごめん、俺が寝ちゃったから。

五助 いや、そこまではされてねえから、そんなに心配することねえよ。

百尋 本当?でも、接吻されたんだよね?

五助 ん?あぁ。

百尋 だったら上書きしないと。

五助 はあ?


 百尋、問答無用で五助に口づけをする。


百尋 これで、帳消し。ね?

五助 お前…酔ってるだろ。どれくらい飲まされたんだよ?

百尋 酔ってない。あぁ、酔ってるかも。わかんない。でもね、あのクズにだけは、体を許さないで。仕事も受けないで。お願い。約束して、五助。

五助 あぁもうわかった、わかったから。とりあえずお前、水飲め。汲んでくる。

百尋 約束だよ?絶対だから。

五助 わかったって!ほら、ちょっと待ってろ。


五助、水を汲みに行く。

百尋、五助を見送るとそのまま寝る。

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