04

 陰間茶屋二階。

 一条、酒を飲んでいる。

 旦那、一条の傍で話し相手になっている。


一条 へえ?新しい子がね。

旦那 えぇ。ぜひ、初めは一条様にと。

一条 良いのかい?そういうのが好きな客も、お前のところには多くいそうだけれど。

旦那 いやいや、やはり、一番は一条様に見ていただかないと。

一条 相変わらず口が達者だね。今度の子も、その口車に乗せられたのだろうと思うと気の毒だよ。

旦那 いやいや、そんな、お戯れを。

一条 まあいいさ。その子、名前は何と言ったかな?

旦那 五助でございます。

一条 それは本名だね。

旦那 ええ。良い名が思いつきませんで。よろしければ、一条様に名付けていただいても…。

一条 遠慮するよ。その子を縛る趣味はないからね。それはお前の仕事だろう。

旦那 ごもっともで。

一条 五助は、百尋がついているのかい?

旦那 ええ。ですので、そこのところはご安心を。

一条 何でもかんでも百尋に任せるものじゃないよ。たまにはお前がやってみたらどうだい?

旦那 いや、手前は…。

一条 悪いね。度が過ぎたからかいだった。

旦那 …お酒を?

一条 もらおうか。


 旦那、一条に酌をする。

 五助、入って来る。


五助 失礼します…。

旦那 おう、やっと来たか。

五助 は、えぇ!?何でお前が…あ…。

一条 君が五助かい?

五助 あ、はい…。その…すみません。

一条 そのままで良い。他のお客は知らないけれど、私の前では楽にして。

五助 え、でも、百尋に言われたので…。

一条 おや、そうかい?

旦那 では、手前はこれでおいとまします。


 旦那、部屋から出て行く。


旦那 おい、上手くやれよ。

五助 大きなお世話だ!


 五助、旦那を盛大に挑発する。


一条 随分な嫌われようだ。

五助 あ…すみません。俺、あいつ大嫌いなんです。

一条 さしずめ、蜘蛛の巣に囚われた蝶、というところかな。

五助 俺は蝶なんて柄じゃないです。それを言うなら百尋の方が…。

一条 そうだね。でも、君だって蝶だ。…何か食べるかい?それとも、お酒?

五助 あ、いや、大丈夫です。

一条 甘いものは?ここの菓子は美味しいんだよ。

五助 …じゃあ、少しだけ。


 五助、勧められたお菓子を食べる。


五助 うまっ!…あ。

一条 ふふっ、良いんだよ、楽にしてて。私はそこまで口うるさく言わないから。

五助 あ、ありがとうございます。

一条 百尋に教わったんだってね?

五助 あ、はい。

一条 じゃあ、私のことを何か聞いているのかい?

五助 えっと…良く来てくれる人ってことと、優しい良い人だって。

一条 そう思ってもらえてるとありがたいね。

五助 教わってるとき、百尋がいろいろ言ってきたんですけど… 。

一条 いろいろ?

五助 その…いろいろ。でも、一条さんはそんな変なことはしないって。だから、その、お手柔らかにお願いします…?

一条 ふふ。なるほどね。まあ、世の中にはいろいろな人がいるから。

五助 そうみたいですね。俺、びっくりして。

一条 安心して良いよ。君が初めてだっていうのはこちらも承知だから。

五助 ありがとうございます。

一条 君も歌舞伎役者だったのかい?

五助 え?

一条 おや、違う?

五助 俺は、ただの田舎者です。歌舞伎なんて。

一条 そうか。百尋に教わったと聞いたから、てっきり。

五助 百尋は、歌舞伎役者だったんですか?

一条 聞いてないのかい?

五助 いえ、何も。

一条 なら、俺から言うのはやめておくよ。気になることは、本人の口から聞くのが一番だからね。

五助 あの…一条さんって、本当の名前じゃないんですよね?

一条 そうだよ。どうしてか気になるかい?

五助 気になります。

一条 そうだね…君はどうしてだと思う?

五助 俺は…何か理由があるのかなって。

一条 理由がなければ、こんなことしないよ。

五助 あ、それもそうか…。

一条 君、さては考えるのが苦手だね?

五助 あ、それ、百尋にも似たようなこと言われました。そういう、自分で考えて答えなきゃいけないこととか、下手くそだから練習しろって。

一条 そうみたいだね。私は嫌いじゃないけれど、他のお客には気をつけた方が良いかもしれない。

五助 気をつけるって言っても、どうしたら良いかなんてわかんないし、百尋は慣れればわかるとしか言わないし…。

一条 あの子は自然とそういうことが出来るからね。あぁ、それなら、吉原に行ってみるのも良いかもしれないよ。

五助 吉原ですか?

一条 あそこの子たちは、そういうことを一から身につけるからね。百尋に連れて行ってもらいなさい。あの子はいろいろと伝手があるだろうから。正確には、あの子の

お客が、だけれど。

五助 …一条さんも吉原に通ってたんですか?

一条 一時期ね。結婚してからは、こっちだけ。

五助 え…結婚?

一条 それは聞いてないんだね。

五助 …浮気、ですか?

一条 そうかもしれない。

五助 え!?

一条 冗談だよ。家を遺すためには、どうしても女性と結婚しなければいけないだろう?いくら私が男性を好いていると言っても、男性同士じゃ子供は作れない。

五助 だから、ここに?

一条 そう。妻も承知してくれている。私が吉原に通うよりも安心なんだろうね。

五助 どうして吉原に通ってたんですか?それで一条さんは満足出来ないのに。

一条 若気の至りだよ。こういう茶屋があるなんて知らなかったから、女性と遊ぶことで気を紛らわせていたんだ。

五助 もしかして、一条さんってお金持ち?

一条 さぁ?でも、遊ぶお金があるってことは…ね。

五助 何をやってるんですか?金貸しとか?

一条 想像にお任せするよ。

五助 教えてくれないんですか?

一条 謎が多いと、知る楽しみが増えるだろう?

五助 あ…なるほど!

一条 何かに納得したようだね?

五助 あ、いや、こっちの話です。

一条 そうかい?

五助 秘密があると、それを知ろうとして躍起になる、って、こういうことなんだなって。

一条 それは…。

五助 何ですか?

一条 いや…面と向かって言われると、ね。

五助 え?

一条 何も知らないということは、時にとても価値があることになるから、覚えておくといいよ。

五助 …?いろんなこと知ってた方がいいんじゃないですか?

一条 学問というのはあっても得をしないんだ。損はするけれど。

五助 そういうものですか?

一条 俺にとってはね。一杯飲むかい?

五助 いや、俺、酒は飲むなって…。

一条 へえ?百尋は最初、酔わないと客の相手が出来なかったんだけれど。

五助 そうだったんですか!?

一条 どうしても恥ずかしさが拭えなくてね。お酒の力を借りていたんだ。…あ、今の話は内緒だったな。

五助 良いこと聞きました。

一条 告げ口はやめておくれ。後で怒られるのは私だから。

五助 言いませんよ。そんな面白いこと。

一条 そうかい。


屏風裏から旦那が顔を覗かせる。


旦那 いやぁ、いい雰囲気でございますね。

五助 うわあっ!?

一条 盗み聞きとは、相変わらず良い趣味だね?いつからそこに?

旦那 つい先ほどでございますよ。どうですか、五助は粗相をなさいませんでしたか?

一条 気に入ったよ。とても良い子だ。

旦那 それはありがとうございます。お床の用意が調いましたので、どうぞごゆっくり…。

五助 あ、俺、ちょっと厠に…。

一条 行っておいで。


五助、旦那に敵意剥き出しで出て行く。


一条 本当に、随分と嫌われたね。

旦那 いやあ、どうも、最初の印象が良くなかったもので。


 旦那、一条に煙管を差し出す。


一条 今日はやめておくよ。せっかくだけれど。


 旦那、煙管をしまう。


旦那 おや、そんなに気に入られたようで?

一条 …そうかもしれない。

旦那 珍しいですな。一条様がそこまでとは。

一条 …ねえ、旦那。あの子は、化けるよ。

旦那 …と、言いますと?

一条 じきに誰よりも売れるようになる。誰よりもね。

旦那 …百尋より?

一条 私はその先駆けかな。意図せず一番美味しいところをもらってしまった。あの子を捕まえておいておくれよ。もし手放したら、これまで贔屓にしてきたけれど、この店と縁を切るかもしれない。

旦那 それは…ご冗談を。

一条 冗談で済むと良いのだけれど。今にわかると思うよ。あの子の怖さがね。

旦那 そうですかねぇ…。

一条 まあ、気のせいかもしれないから、あまり気にしなくてもいい。頭の片隅にでも置いていてくれれば。

旦那 そうさせていただきます。それでは、後ほど。


 旦那、出て行く。

 一条、酒を飲む。


一条 さて、と。


 一条、屏風裏に行き、帯や着物を屏風にかける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る