主とサーベントと打ち上げ花火と

藤泉都理

主とサーベントと打ち上げ花火と




「それもここに置いて行かれるのですか?」


 サーベントが住むレンガで造られた小さな一戸建にて。

 梯子を上って屋根裏へと辿り着いたサーベントは、屋根裏に唯一作られた丸い窓の傍で、椅子の上で膝を抱えている少女であり少年であり、自身が仕える主へと言葉をかけた。

 この屋根裏に主が持ち込んで、そのまま置いているのは、今、主が座っている椅子だけだった。

 丸い座面、丸い背面、筒状の四本脚の木の椅子。

 身体を痛めるからと、座面と背面にファブリックをこしらえようとしたが、主は強く拒んだ。

 木の温かみと滑らかさが気に入っている椅子なのだから、それを取り上げないで。

 そう言って。


 主は明日から、全寮制の学校に入学する事になっていた。

 寮への持ち込みに厳格な規則はない。自由である。気に入っているのならば、椅子も持って行けばいい。


「うん。置いて行く」


 スカートと言葉で可憐に装飾されていた主は今、ズボンと上着、言葉で素朴な少年へと様変わりしていた。


 花火を学びたい。

 少女、女性が火薬に触れる事は禁忌とされていた。

 主の両親は猛反対、するかと思いきや、人生を面白楽しく生きておられる方々だ。

 主の夢を全面的に応援して、花火を学べる全寮制の学校へと快く送り出した。

 ただし、或る一つの条件を課して。

 その条件が、少年として三年間の学校生活をやり遂げる事。

 そもそも、少年、男性しかその学校への入学が認められない事に加えて、何か縛りがあった方がより学校生活を楽しめるというよくわからない両親の考えが相まった結果、主は少年として、明日から学校生活を送る事となる。

 たったの一人で。

 少しでも、不安を取り除いてあげたい。

 サーベントはそんな思いも相まって発言したが、無用だったかと微かな微笑を浮かべた。

 待ちに待った花火を学べる日が訪れたのだ。

 不安など、そんな感情を持ち合わせているはずがない。


「どうかお気をつけて。休暇の御帰還を心より楽しみにしております」

「うん。いっぱい学んで、君にいっぱい土産話を持ち帰ってくるから、楽しみにしていて。この屋根裏で。この椅子に座って。夜通し話すから覚悟しておいてくれよ」

「ええ。眠気覚ましの唐辛子を大量に用意しておきます」


 サーベントが至極真面目にそう告げると、主は満面の笑みを咲かせた。


 先程から打ち上げられ続ける、夜空に咲かせた大輪の花のように。




 儚い、なんて、とんでもない。

 花火はとても力強い美しさを持っていた。

 いついつまでも、心に残る、力強い美しさを。




「絶対にこの国一番の大きな大きな美しい花火を作って打ち上げるから、楽しみにしていてね」

「ええ。心より、お待ちしております。いつ、いつまでも」











(2024.8.22)



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