くも

@shabii14

くも

クモ:クモは糸を出し、鋏角に毒腺を持ち、それを用いて小型動物を捕食する、肉食性の陸上節足動物の1群である。糸を使って網を張ることでよく知られるが、実際にはほぼ半数の種が網を張らずに獲物を捕まえる。人間に害をなすほどの毒を持つものはごく少数に限られる。また、、、


ここまで読んで僕は本を閉じた。「こんなことを調べに来たわけじゃないのに」と思わず愚痴がこぼれる。僕は雲一つない晴天の日に、わざわざ図書館に来ていた。別に図書館じゃなくても調べ物はできるが、あの地獄のような家に長くいたくはなかった。これもすべてアイツのせいだ。と心の中でつぶやいた。

始まりは2日前の早朝、母親の悲鳴だった。兄を起こしに行ったはずの母親の悲鳴に、何事かと思って見に行くと、ベットには「くも」がいた。兄がいたはずのベットの上には、灰色の、人の形とはかけ離れた「くも」がいたのである。最初はそれが兄だとは思わなかった。兄は出かけていて、それは入り込んできただけだと。しかし、それは少し震えた兄の声で、僕の名前を呼んだ。

僕の家は僕、母、父、兄の特にこれといった特徴のない4人家族だった。もちろん兄も普通の人間で、こんな化け物ではなかったはずだ。何がどうなっているのかわからなかったが、両親からは「お前はこのことを誰にも言うな」とだけ言われ、その後の家庭に会話はなかった。

そんなわけで今の家の空気は冷めきっていて、両親はずっと家にいるが会話も殆どない。好き好んで帰りたいとは思わないし、化け物とは顔も合わせたくない。あっちは合わせる顔もないが。

涼しい図書館の中で、ため息を付きながら兄について考える。

兄は大学生で、有名な私立大学に入学していた。バイトなどはやっておらず、大学に行く以外は基本、自分の部屋にいた。あんな窮屈な部屋の何がいいのか分からないが。そんな兄との兄弟仲は特に良くも悪くもないと思っている。ここ最近会話した記憶はなかったが、今どきの兄弟なんてそんなもんだろうし、というかあまり興味がなかったし、部活やら勉強やらで忙しかったからというのもある。



そんなわけで僕にとって兄というのは大した存在ではなかった。だからなんとか穏便な形で追い出そうとした。あの時僕は救急車を呼ぶよう両親に言った。これが病気によるものなのか、別の原因があるのかは分からないが、兄のためにも病院へ行くべきだと、本当は心配よりもこんなのと暮らしたくないという気持ちが勝っていたが、あたかも心配しているように見せて、なのに両親はそれを拒否した。

そこまで思い出していたところで、一つ疑問が生まれた。

「なんで拒否したんだろう。」

おかしくないか。普通息子があんな事になったら親として心配するだろうに。なのに、あの時の母親の悲鳴には困惑も、心配もない、純粋な恐怖しか感じなかった。父親も状況を理解すると、すぐに取り乱すことなく、他の人に広めないように命令してきた。もしかして両親は兄がくもになった理由を知っているのではないだろうか。そんな疑問が僕の中で生まれてしまった。

図書館は涼しいはずなのに、嫌な汗が背中をつたった。

そこから家に帰ってご飯を食べて、ベットに入ったが、ずっと頭からその考えが離れなかった。

翌朝、考えすぎてあまり深く眠れなかった僕は、寝ぼけて兄の部屋に入ってしまった。あれから兄は、自分の部屋に軟禁されている。慌てて出ていこうとすると、兄に話しかけられた。

「俺はいつまでここにいればいい、最近は料理の味もしなくなってきた」

「知らない」

「段々と人間じゃなくなっていってるような感覚なんだ」

その言葉に思わず失笑した。

「もうとっくに人間じゃないでしょ」

というか人の形していないのに、どうやって食べてんだろう。そんなことを思いながら、そのまま僕は部屋から出ていった。兄の驚いたような、絶望したようなそんな顔を無視して。

僕にとっては、化け物になってしまった兄に対する心配より、自分も両親によって化け物になってしまうかもしれないという恐怖のほうが強かった。

この段階で僕は兄をくもにしたのは両親であると、半ば決めつけていた。そしてなんとか証拠を見つけ、警察に突き出してやろうと思い、2人が留守の間に2人の部屋に忍び込んだ。しかし怪しげな薬や手術の痕跡を探していたが見つからなかった。

冷静になれば、両親がやった証拠なんてないし、そもそもどうやって人をくもに変えられるというのだ。

「アニメの見過ぎかな」

そう自分に苦笑しつつ、安心し帰ろうとしたとき、何気なく銀行の通帳が目に止まった。もしかしたら外部に依頼したのかもしれないと思い、念の為調べてみた。

するとそこには、大きな支出はなかったが、最近になって何百万円もの金が何回にもわたり振り込まれていた。

両親が帰ってきてすぐ、僕は二人に問い詰めた。最初はとぼけていたが、通帳を見せると開き直って話し始めた。

「金の成る木があるんだ。これまで育ててきた俺たちが恩を返してもらうのは当たり前だろう。」

そう父さんは言った。

この金は兄さんが株で稼いだものらしい。家にずっと引きこもっていると思ったら、そんなことをしていたのか。

二人は協力して兄さんを家から出ないようにし、生み出した利益をそっくりそのまま自分たちの口座に移していたらしい。大学に行く以外には部屋から出さず、自分たちは仕事をやめ、兄さんの金を当てに生活していた。僕のお小遣いは変わらずだったのに。

兄さんがくもになってしまったのも、こんな抑圧された環境から自由になりたいという、部屋から飛び出して空を飛びたいという意思の現れだったのかもしれない。優秀で金を稼ぐことができるという長所を見てもらえず、金だけ奪われるという現状を変えたかったのかもしれない。

兄さんを病院へ連れて行かなかったのも、仕事をやめた二人にとっては、必要不可欠な存在だったから、研究所行きなどさせたくなかった。もし治らなくても、兄の指示通りやれば金が手に入るから。いや、逆に部屋から出さない口実ができてラッキーくらいに思っていたかもしれない。

明日、警察に届けよう。兄さんは成人しているから、家族であっても窃盗罪になるはずだし、逆に兄は病院や研究所に行けるはずだ。

「そうすれば、金は全部僕のもの」

何をやるにしてもお金は必要だし、あのクソ両親からの迷惑代としてありがたく受け取っておこう。犯罪者の息子というレッテルが貼られるのは痛いが、まああの額だ、それを差し引いてもお釣りが来るだろう。

そして翌朝、少し雨が降っていたが、鼻歌交じりに警察署へ向かっていると、目の前にくもがいた。いや兄さんがいた。

驚きながらも僕は言った。

「大丈夫だよ兄さん。母さんと父さんは警察へ突き出すから。兄さんも病院へ行って、ちゃんと見てもらおう。というか兄さん株なんてできたんだね。見直したよ。」

そう言うと兄さんは目の前からふっと消えた。帰ったのかな。

ん、いやちょっと待て、なんで兄さんが家の外に出ているんだ。部屋で監視されているはずじゃ。

「お前もアイツらと同じか。」

その言葉が聞こえた直後、目の前が灰色になり、息ができなくなった。もがき、脱出しようとしたが、やがて立ってられなくなり、そのまま意識を失った。最後に見たのは、あるはずのない兄さんの目とそこから流れる涙だった。

くもの中に囚われ、約十分が経過した後たまたま通りかかった人が僕を引きずり出して、助けてくれたらしい。その後救急車で運ばれ、なんとか一命はとりとめた。しかし長時間、無酸素状態が続いた結果、顔から下だけが動かせなくなる下肢麻痺という診断を受けた。

これだけの後遺症ですんだのは、奇跡に近いと言われたが、僕はもう二度と立って空を見上げることはできないらしい。しかし、これを医師から聞いたとき、その事実に恐怖すると同時に、見たくもないものを見なくても済むと分かり、安心している自分もいた。

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